「ju-le」を「ju」と「le」に分けて調べてみます。
まずは、わかりやすい「le」から。
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「le」は、丁寧表現を表す接尾辞です。使い方は主に2種類。
(1)名前・続柄・肩書きなどの後ろにつけて、「~さん」を表す。そのままで呼びかけともなる。
<例>
བསྟན་འཛིན་ལེ་ bstan 'dzin le (スタンジン・レー) → 「スタンジンさん」/「スタンジンさんや!」
སྒྲོལ་མ་ལེ་ sgrol ma le (ドルマ・レー) → 「ドルマさん」/「ドルマさんや!」
ཨ་གུ་ལེ་ a gu le (アグ・レー) → 「おじさん(親族のおじ/年上の男)」/「おじさんや!」
བླ་མ་ལེ་ bla ma le (ラマ・レー) → 「お坊さん」/「お坊さん!」(注1)
(2)文章の末尾に付加して、丁寧表現であることを表す。
<例>
ངའི་མིང་ང་དོན་གྲུབ་ཡིན་ལེ། nga'i ming nga don grub yin le/(ンゲー・ミンガ・トンドゥプ・イン・レー) → 「私の名前はトンドゥプです。」(注2)
ཐུག་པ་འདུག་ག་ལེ། thug pa 'dug ga le/(トゥッパ・ドゥッガ・レー?) → 「トゥクパはありますか?」(注3)
ཀུ་ཤུ་གཉིས་སལ་ལེ། ku shu gnyis sal le/(クシュ・ニース・サル・レー) → 「リンゴを2つ下さい。」(注4)
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チベット語をご存知の方ならすぐにわかったでしょう。これはチベット語の「ལགས་ lags」とよく似た用法です。「lags」 の発音は、ウー・ツァン方言では「ラー」になります。
(1)と同じ用法は有名ですね。
<例>
བསོད་ནམས་ལགས་ bsod nams lags (ソナム・ラー) → 「ソナムさん」/「ソナムさんや!」
(2)と同じ用法は、チベット語では古文でしか見たことがありません。現代口語にも残っているかもしれませんが、えらく馬鹿丁寧な表現になってしまう気がします。
<例>
~ལའགྱུར་ལགས་སོ། ~ la 'gyur lags so/ (~ラ・ギュル・ラッソー) → 「~となるのでございますよ。」
これよりも、一人称判断動詞「ཡིན་ yin」の丁寧形として用いられる場合のほうが多いでしょう。これはラダック語の「le」とはやや異なる用法です。
<例>
དགེ་སློང་དེ་སུ་ལགས། dge slong de su lags/ (ゲロン・デ・スー・ラー?) → 「そのお坊様はどなたでいらっしゃいますか?」
訊き手は相手に対して、「どなただと(あなたは)認識しているのですか?」と、相手の意見を訊いているので、動詞は一人称となっている。
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また、チベット語「lags」には「はい」という返事の意味もあります。これもラダック語「le」にはない用法です。
<例>
ལགས་སོ། lags so/(ラッソー!)
という威勢のいい返事はよく聞くところです。もともとは「承知いたしました。」といったニュアンスと思われますが、一般人にも広まる過程で、かなり下卑た返答になっている気がします。「あいよー!」みたいな意味で。
ラダック語の辞書を見ると、「lags」という単語は見当たりません。そのかわりにほぼ同じ意味を持つ「le」があるのですから、チベット語の「lags」がラダック語の「le」となったのは間違いないでしょう。
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しかし母音が「ア」から「エ」に変化しているのはなぜでしょうか?そのあたりの理由・経緯はわかりません。
また、ラダック語はチベット語の古い発音をよく残していると言われます。「lags」の古音は不明ですが、吐蕃時代には綴り通り「ラク(ス)」と発音されていた可能性は高いでしょう。
ならば、ラダック語の方に語尾の子音が残ってもよさそうなものですが、そうなってはいません。これも今ひとつ腑に落ちない点です。(注5)
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チベット語の「lags」の発音が、「ラク(ス)」から「ラー」に変化した後にこの単語がラダックに入ってきた、と考えてはどうでしょうか?これならば「le」に語尾子音がない理由は説明できます。
「~ le」という言い回しは、ラダック語では意外と新しいものなのかもしれません。
しかし、肝心のウー・ツァン方言でさえ、口語の発音変化史はあまりわかっていません。「lags」が「ラク(ス)」→「ラー」となったその時期がわからないことには、上記仮説も確かめようがありません。
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母音交代、語尾子音の問題はまだ解明が必要ですが、チベット語「lags」→ラダック語「le」という大筋は解明できたので、いまのところはこれで十分です。
次は問題の前半部「ju」を調べてみましょう。
以下次回。
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(注1)
チベット本土では、「ラマ」といえば、一般の僧より高位の僧、特に導師に対して用いられる。インド語の「guru」に対応する。
しかしラダックでは、一般僧をも「ラマ」と呼ぶのが普通。それだけ僧を大事にしている、と言ってもいいし、あるいは、「ラマ」のインフレとも言えるかも。
(注2)
ウー・ツァン方言では、「ངའི་མིང་ལ་~ nga'i ming la ~ (ンゲー・ミンラ・~)」となるが、ラダック語では助詞などの子音は、直前の名詞の末尾子音を引きずって変化することがある。
<例>
(ラ)ラダック語 ←→ (チ口)チベット口語(ウー・ツァン方言)/(チ文)チベット文語
(ラ)ཉེ་རང་ངིས་ nye rang ngis (あなたが) ←→ (チ口文)ཉིད་རང་གིས་ nyid rang gis
(ラ)ལ་དྭགས་སི་ la dwags si (ラダックの) ←→ (チ口文)ལ་དྭགས་ཀྱི་ la dwags kyi
(ラ)ཁྱོད་ལ་ khyod la (お前に) ←→ (チ口)ཁྱོད་ལ་ khyod la/(チ文)ཁྱོད་དུ་ khyod du
(ラ)མི་འ་ mi 'a (人に) ←→ (チ口)མི་ལ་ mi la/(チ文)མིར་ mir
やれやれ、ラダック語、チベット語口語/文語と、そのややこしさが少しわかっていたただけたでしょうか。
(注3)
チベット語ウーツァン方言では、「འདུག་གས། 'dug gas/(ドゥゲー?)」になる。
(注4)
「སལ་བྱེས་ sal byes (サル・チェス)」=「与える」は、もともとチベット文語の「སྩལ་བ་ stsal ba (ツァル・ワ)」=「与える」が語源と思われるが、発音はラダック独自のものに変化。それと共にチベット文字表記も発音に従ったものになっている。
この他、ラダック語の会話・文法については、何度も出てきている
・Rebecca Norman (1994) GETTING STARTED IN LADAKHI. pp.(12)+118. Melong Publications, Leh. (あるいはその改訂版)
・ジュレー・ラダック (2013) 『ラダック語指差し会話帳』. ジュレー・ラダック, 東京.
あたりでその概要に触れてみて下さい。
後者のチベット文字表記は私が担当しています。そういえば、まだ完成品を見ていなかったな。
(注5)
「ལ་དྭགས་ la dwags」は、チベット語ウー・ツァン方言では「ラダー」になるが、ラダック語ではちゃんと語尾子音が残り「ラダク(ス)」となっている。「lags」もそうなっていいはずなんだが・・・???
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(追記)@2014/03/19
なお、ラダック語の勉強をする場合、
・Devidatta Sharma (2003) TRIBAL LANGUAGES OF LADAKH (Part Two). pp.175. Mittal Publications, New Delhi.
最初にこれに当たるのは避けた方がよいでしょう。いや、私には大変ためになった本なのですがね。
まず、表記が発音onlyで、チベット文字あるいはそのアルファベット転写での表記(要するに発音しない文字を含めた綴り)はありません。ですから、まずチベット語を勉強してから当たらないと、なにがなんだかわからないはず。
その発音表記もかなりいいかげんです。同じ単語が1ページおきに出てくるのに、全部表記が違うとか・・・。また、誤字脱字、明らかな意味の取り違えなども盛大に出てきます。インドらしい大らかさだなあ、と妙に感心してしまいました。
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・めどべっち/マイナーな語学の話とか > 2012年11月4日日曜日 Tribal Languages of Ladakh part 2 ラダック語
http://medomedospot.blogspot.jp/2012/11/tribal-languages-of-ladakh-part-2.html
こちらは、実際にこの本でラダック語習得を試みた方の体験談。頭を抱えている姿が目に浮かぶようで、悪いけど大笑いしてしまいました。私も勉強しながら「何だこれ?」の連続でしたから。
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D.D.Sharmaの研究について弁護しておくと、ブロクパの言葉('brog skad)やら、プリク語、スピティ語、ラーホール諸語、キナウル語、カナシ語などなど、とってもマイナーなインド・ヒマラヤの言語に関するまとまった文法書というのは、Sharmaの本しかありません。その意味では大変貴重な仕事なのです。私は、まだ全部こなしていませんけど。
私がどういう風にSharmaの本を使ったか、についてはいずれノートの画像でもお見せしましょう。基本的に、出てきたすべての単語・文章をチベット文字化してあります(ラダック語独特の綴りを習得しておく必要もあります)。それで、チベット語(口語・文語)と対比しつつ、ようやく文法の内容も理解できるようになる、という具合です。
ですから、まずある程度チベット語を勉強してからでないと、なかなか使いこなせない難物かと思われます。でも、使いではかなりありますよ。
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