2014年3月6日木曜日

『河口慧海日記』の塗り潰し■■■■■■には何が書かれていたか?(4) 『雪山ティセのボン教聖地目録』での記述-その2

さて、ランチェン・カンバブ(サトレジ川源流)源流であるタク・ツァンポにやって来たシェンラブ・ミウォは、そこで土着魔神の妨害に遭遇します。この魔神は野生ヤク(འབྲོང་ 'brong)の姿をしてシェンラブに立ちはだかりました。しかし、シェンラブの神通力の前に敢えなく敗れ去り、バラバラに解体されてしまいます(注1)。

その時、ツォ・マパン南方の山メモナニ(注2)に住まう慈悲の女神ナムチ・グンギャル(གནམ་ཕྱི་གུང་རྒྱལ་ gnam phyi gung rgyal)が、慈悲の涙を野生ヤクの遺骸に落とします。この涙により野生ヤクは復活し、ボン教の護法神として祀られるようになりました。そして、涙は泉(チュミク・トゥンワ・ランドル)として定着し、あふれ出る水がランチェン・カンバブとして流れ出した、ということになっています。

この泉は、そういう由来でボン教の聖泉なわけですが、仏教徒も崇める聖地となっているのは慧海師の記述からも伺えます。仏教側ではどういう由来があるのかはわかりません。ないのかもしれません。

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その東・上手側がお待ち兼ねのགཤང་རྔ་རི་ gshang rnga ri(タンバリン山)です。『gangs ti se'i dkar chag』では、このあたりを「聖岩の園(ཀྲག་གི་ཚལ་ krag gi tshal)」と描写しており、慧海師の記述と一致します。

ここを訪れたシェンラブはシャンシュン東部ツィナ地方(ཙི་ནའི་ཡུལ་ tsi na'i yul)のボン教徒に大歓迎されます。そして加持を行いこの地を浄化。その結果ここはボン教の聖地となりました。

この場所には、

(1)རི་ཙིཏྟའི་དབྱིབས་ཅན་ ri tsitta'i dbyibs can(心臓の形をした山)
(2)གསང་ཕུག་ནོར་བུའི་དབྱིབས་ཅན་ gsang phug nor bu'i dbyibs can(宝物の形をした秘窟)
(3)དབལ་གྱི་རི་བོ་ཟུར་གསུམ་ dbal gyi ri bo zur gsum(ウェル神の三角山)

があります。これらの総称がgshang rnga riのようです。より細かく言うと、(1)がその中心であり、この山にシェンラブが足形(ཞབས་རྗེས་ zhabs rjes)をつけ、石には太鼓の姿が現れ、草原にはタンバリンの自生物も現れた、とされています。

この加持を終えると、シェンラブは続いてタムチョク・カンバブ(ヤルツァンポ源流)、センゲ・カンバブ(インダス河源流)、マプチャ・カンバブ(カルナリ河源流)を加持して回りました。四大河源流の加持を終えると、オルモルンリンに帰って行った、とされます。

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これでようやく『日記』の塗り潰し部に戻れるわけですが、以下次回。

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(注1)
よく似た説話はカン・ティセ山麓にもあり、こちらではケサル王が野生ヤクの魔神を調伏し遺骸をあちこちにばら撒いた、とされます(Chan 1994)。これは、『gangs ti se'i dkar chag』のエピソードを元ネタに、場所と主人公を入れ替えた伝承と思われます。

あるいは、両エピソードとも現在未詳の元ネタに基づく創作なのかもしれません。そのあたりは今後の研究待ち。

カン・ティセ付近には、ケサル王にまつわる聖地が他にもいくつかありますが、諸聖地説話の中では異質な感は否めず、唐突な存在。おそらく伝説の発生年代はかなり新しいものではないか、と推測されます。

(注2)
メモナニには数多くの表記があり、どれが正しいかはよくわかりません。しかし、その語源はどうやらこのナムチ・グンギャルにあり、སྨན་མོ་གནམ་ཕྱི་(གུང་རྒྱལ་) sman mo gnam phyi (gung rgyal)がなまってメモナニになったようです。

སྨན་(མོ་) sman (mo)は「薬」ではなく「女」の意味です。ここでは特に「民間信仰の女神あるいは女魔神」をさしています。後には「薬」の意味と誤解されて、「メモナニ山麓は薬草の宝庫」などという俗説も生み出しました。

ナムナニという表記もあります。

・武振華・主編(1996)『西藏地名』. pp.592. 中国藏学出版社, 北京.

には、「那木那尼/གནས་མོ་སྣ་གཉིས་ gnas mo sna gnyis(主婦双鼻(峰))」という説明がありますが、どうもよくわからない名です(特に前半)。私はメモナニがなまった名称ではないか、と推測していますが、この辺も今後の研究待ち。

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(追記)@2014/03/07

メモナニの名称で今のところ確認できているものを挙げておく。

・སྨན་མོ་ནག་སྙིལ་ sman mo nag snyil メンモ・ナクニル (広い裾野の黒女神(山))
・སྨན་མོ་ནག་ཉེར་ sman mo nag nyer メンモ・ナクニェル (着飾った黒女神(山))
・སྨན་མོ་གནམ་ཕྱི་གུང་རྒྱལ་ sman mo gnam phyi gung rgyal メンモ・ナムチ・グンギャル (女神天王(山))
・སྨན་(གྱི་)རི་ sman (gyi) ri メン(ギ)リ (女神の山)
・སྨན་ནག་སྐོར་ sman nag skor メン・ナク・コル (黒女神の領域(山))
・གནས་མོ་སྣ་གཉིས་ gnas mo sna gnyis ネーモ・ナニー (女主人の双鼻(峰))
・སྟག་རི་ཁྲ་བོ་ stag ri khra bo タクリ・タウォ (縞の虎山)
・ཚེ་རིང་མཆེད་ལྔའི་ཕོ་བྲང་ tshe ring mched lnga'i pho brang ツェリン・チェーンゲー・ポタン (長寿五姉妹の宮殿)
・गुरला मान्धाता Gurlā Māndhātā グルラー・マーンダーター (ヴェーダ時代の大王マーンダーター(が修行した山))

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