さて、次は前半部「འཇུ་ 'ju」について。
はじめは当然、この綴りで「あーでもないこーでもない」と検討していましたが、うまくいかないわけです。
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似た綴りの単語をまずラダック語辞書から引いてみると、次のようになります。
L01- ཇུ་ལུམ་ ju lum(ジュルム) → 大きな丸い石
L02- མཇུག་མ་ mjug ma(ジュクマ) → 最後/最後尾/末
L03- འཇུ་བྱོ་བྱེས་ 'ju byo byes(ジュー・チョ・チェス) → 挨拶をする
L04- འཇུག་བྱེས་ 'jug byes(ジュク・チェス) → 入る
L05- འཇུན་བྱེས་ 'jun byes(ジュン・チェス) → 飼いならす/支配する
L06- རྗོད་བྱེས་ rjod byes(ジョッ・チェス) → 言う/述べる
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L03を見て「なんだ、あるじゃないか」と思われるかもしれませんが、それは早計というものです。
これはおそらく、「ju le」が先にあり、「ju leと言う」ことが転じて「挨拶する」という動詞になったと考えられます。
L06もいい線行っていますが、同じ「言う」であっても、これは「主張を含んだ内容を述べる」といったニュアンスで、「挨拶を発する」と言う内容とはずれを感じます。
この単語はウー・ツァン方言では「ジュー」と発音され、その点でも「ju le」と関係づけるには都合がいいのですが、肝心のラダックでは「ジョッ」と発音されるのですから、挨拶のときだけウー・ツァン方言発音となるのも考えにくいことです。
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次にチベット語辞書から引いてみましょう。
T01- ཇུས་ jus(ジュー) → 計画/戦略/政策
T02- ཇུས་བདེ་ jus bde(ジュー・デ) → 良策/誠実な
T03- ཇུས་ལེགས་ jus legs(ジュー・レー) → 勝利者/上品な/適正な
T04- འཇུ་བ་ 'ju(ジュ・ワ) → つかむ/捕らえる/消化する
T05- འཇུ་རེས་ 'ju res(ジュ・レー) → 鬼ごっこ(?)
T06- འཇུག་པ་ 'jug pa(ジュク・パ) → 入れる/ついて行く/~させる
T07- འཇུངས་པ་ 'jungs pa(ジュン・パ) → 欲深者
T08- འཇུམ་པ་ 'jum pa(ジュム・パ) → 震える
T09- འཇུར་བ་ 'jur ba(ジュル・ワ) → 飼いならす
といったところですが、こちらもパッとしません。
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T03はウー・ツァン方言における発音こそ「ju le」に近いのですが、ラダック語では「ジュス・レク」になってしまいます。意味もあまりピンと来ない。
このあたりで、「འཇུ་ ju」という綴り自体が本来のものではない、と確信したわけですが、次のステップへのヒントとなったのが動詞活用形の綴り。
T06- འཇུག་པ་ 'jug pa(ジュク・パ) → 入れる/ついて行く/~させる
の活用形は次のようになります。「入れる」の時と「ついて行く」では活用形の綴りが違うのですが、ここでは「入れる」の文語での活用形を示します。
現在形 འཇུག་པ་ 'jug pa (ジュク・パ)
過去形 བཅུག་པ་ bcug pa (チュク・パ)
未来形 གཞུག་པ་ gzhug pa (シュク・パ)
命令形 ཆུག chug (チュク!)
活用形によって基字が微妙に変わっています。
この辺がチベット語動詞の勉強では悩ましいところなのですが、きちんと発音しわけられているかどうか、よく知りません。この変化は文字で時制を明示するためにあるもので、発音はあまり気にしなくていいのかもしれません(注)。
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それはともかく、「ju」「cu」「zhu」「chu」はどれもよく似た音で、漫然としていると聞き違いしやすい音であることに気づきます。
ならば、「ju」も、この似た音で候補を探す、という作戦で進めればどうでしょうか?
これに気づいてからほどなく、「ju」探索は一気に解決に向かいました。
以下次回。
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(注)
実際、口語では「入れる」の活用形は次のようになるそうです。
現在形 བཅུག་པ་ bcug pa(チュク・パ)
過去形 བཅུག་པ་ bcug pa(チュク・パ)
命令形 ཅུག cug(チュク!)
活用形によって基字に変化はありませんね。
出典:
・星泉 (2003) 『現代チベット語動詞辞典(ラサ方言)』. pp.xxiii+495. 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所, 府中.
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