2016年7月29日金曜日

カム小出し劇場(2) キャンチャ(五体投地)@キルカル

映画
張楊・監督 (2016) 『崗仁波斉 གངས་རིན་པོ་ཆེ། gangs rin po che/ PATHS OF THE SOUL : SOME PATHS ARE NOT ONLY USED TO PASS ラサへの歩き方 祈りの2400km』(追記)

が話題ですが、カムで出会ったネーコルワ གནས་སྐོར་བ་ gnas skor ba 巡礼者を紹介。女性だからネーコルモ གནས་སྐོར་མོ་ gnas skor moかな?聞いたことないけど。

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場所は、チャムド~ナクチュ・ルート上のキルカル དཀྱིལ་མཁར་ dkyil mkhar 金卡。キュンポ・テンチェン ཁྱུང་པོ་སྟེང་ཆེན་ khyung po steng chen 丁青の南東約50kmあたりです。













なんちゃって、実はこれはキルカル・ゴンパ・タツァン དཀྱིལ་མཁར་དགོན་པ་གྲྭ་ཚང་ dkyil mkhar dgon pa grwa tshangの周囲を巡っているだけなのでした。でもキャンチャ བརྐྱངས་ཕྱག brkyangs phyag 五体投地の実際がよくわかる。

アニ ཨ་ནི་ a ni 尼さんですね。髪が短い(ブータン女性みたい)。毎日ではないにしても、しょっちゅうやっているそうです。

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ちなみにゴンパ・タツァンは、マニ・ドプン མ་ཎི་རྡོ་སྤུངས་ ma Ni rdo spungsに埋もれたような変わったゴンパ。ニンマパ。朝早くだったので、拝観できませんでした。











川向うにはもうひとつ、ゲルクパのキルカル・ゴンパもあります。

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カムから五体投地ででラサに向かう巡礼者も、本当にいました。出会ったのは、ヤンガド ཡ་ང་མདོ་ ya nga mdo 雅安(バチェン སྦྲ་ཆེན་ sbra chen 巴青の東約45km)あたり。

二人の巡礼者がキャンチャでラサに向かっていましたね。後ろにはリヤカーの応援隊(二人)。

峠までリヤカーの荷物と応援一人を乗せてあげました(キャンチャの巡礼者はもちろん乗せない)。一体ラサまで何日かかるのやら。











残念ながらあんまりいい写真がない。

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なお、五体投地=キャンチャは、བརྐྱངས་ཕྱག brkyangs phyagと綴られます。

བརྐྱངས་(པ་) brkyangs (pa)は、 他動詞 རྐྱོང་བ་ rkyong ba「伸ばす」の過去形。「伸ばした」という意味になります。

ཕྱག phyagは「手」の尊敬語ですが、他動詞 འཚལ་བ་ 'tshal ba「頼む/礼をする/供する」にくっついてその尊敬語になり、ཕྱག་འཚལ་བ་ phyag 'tshal ba「請願する/礼拝する」となります。

またphyagだけで、その省略語として「礼拝」の意味にもなります。

つまり、brkyangs phyagは「(手足を)伸ばした礼拝」となり、五体投地を表すことになるのです。

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(追記)@2016/07/29

それにしても、この映画の中英日タイトルを比較すると、面白いなあ。

中国語/チベット語タイトルは、いまや金持ち旅行者垂涎の行き先カン・リンポチェ。カン・リンポチェとグゲ遺跡に行くのが、上級旅行者としてかなりのステイタスになるらしい。

これがおそらく一般人にも通じるのですね。たぶんTV番組を通じて全国的にみんな知ってるのでしょう。日本の1980~90年代と同じですな。

ところが日本では、「カン・リンポチェ?なにそれ?」「カイラス山ですよ」「知らん」という具合で、タイトル上は行き先がラサになってしまいました。

ここ10年ほど、チベット本土はものすごく旅行しづらくなってしまい、チベット内の地名もどんどん忘れ去られている。カン・リンポチェの知名度も、もう30年くらい前の状態に戻りつつあるな。

そして英語はやたらと抽象的で理屈っぽいタイトル。おもしろいですね。

2016年7月24日日曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(12)Tucci先生が報告する厄祓い・悪霊祓い-その5 イェーの儀式/ラサのミカ・ドク(村上)/アムドのヤングー(長野)

ドクは厄祓い・悪霊祓いの中でも最も激しく際どい儀式でしたが、滅多に行われることはありません。

日常的に行われるのは、軽い厄祓いの儀式です。Tucci(1988)ではこれをイェー ཡས་ yasと呼んでいます。

イェーはドゥーと似ていますが、祭壇も供物も小規模なもの。最後に供物を十字路に捨て厄 གདོན་ gdonを供養します。

Tucci(1988)ではイェーの詳細についてはあまり詳しく記述されていないのが残念です。

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系統だって調べているわけではないのですが、チベットの厄祓い系統の報告にはこのようなものもあります。

・村上大輔 (2013) 悪霊ミカ祓いの祈祷書Mi kha'i bzlog 'gyur校注.国立民族学博物館研究報告, vol.38, no.1, pp.91-118.
https://minpaku.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=3846&file_id=18&file_no=1

これは、人の噂・悪口・嫉妬(མི་ཁ mi kha 人の口)が厄となって人に悪さをする、という理屈に基づき、これを祓う儀式。ラサの例です。

ドク བཟློག bzlog 調伏・度脱という言葉を使っていますが、


で用いられているbzlogよりはずっと軽い厄祓いの儀式です。こういった用語のヴァリエーションはまだまだよくわかっていないし、たぶん統一もされていない。

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・長野禎子 (2008) チベットにおける「ヤンを呼ぶ」儀礼. 四天王寺大学紀要, no.46, pp.433-463.
http://www.shitennoji.ac.jp/ibu/images/toshokan/kiyo46-27.pdf

こちらはさらに軽い、というよりは方向性が逆で、ヤン གཡང་ g-yang 幸運を呼びこむ儀式ヤングー གཡང་འགུགས་ g-yang 'gugs。

こちらも参考になるでしょう。主にアムドの例です。

2016年7月21日木曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(11)Tucci先生が報告する厄祓い・悪霊祓い-その4 ドクの儀式

トやドゥーでも祓うことができない強力な敵を相手にする場合には、邪悪すれすれの際どい儀式が行われます。

それがドク བཟློག bzlogの儀式です。

悪霊、というよりもっと強力な悪鬼や魔力を持った人間が対象。これを殺してしまう儀式です。いわゆる「度脱」です。

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ドクの儀式はそう簡単にできるものではありません。相当に危険な儀式であり、場合によって鬼神や怨敵に跳ね返されて自分に魔力が降りかかってしまう場合もあります。

準備にも時間がかかり、儀式の日取りも新月の日と決まっているそうです。

戦士九人、未亡人九人、ヤクの左角九本、土くれ九塊、鋭く尖った石九個、胡椒の実九粒、ランマ  glang ma柳の枝九本、ツァゴク・ラムパ ཚ་རྒོག་རམ་པ་ tsha rgog ram pa(匂いの強い草)九株などを用意します。

あるいは、犬や狼の頭蓋骨九個、馬の左目などを用意する場合もあります。

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ツァンパと血を練り合わせて悪鬼や怨敵の姿を型どった人形 ལིང་ག ling gaを作ります。これに敵の名前を書いた紙をつけます。これによりリンガに怨敵の魂を呼び込み、命を吹き込みます(ལིང་ག་བསྐྱེད་ ling ga bskyed)。














Tucci(1988) p.174(三角形の皿がホムクン ཧོམ་ཁུང་ hom khung)(追記)

怨敵が呪者である場合には、大事な魂は自分の体とは別の場所、おもに深山に隠している場合があります。司祭はその隠し場所をつきとめ、その場所まで行って魂を破壊することもあります。

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司祭は、ヘールカ ཧེ་རུ་ཀ he ru ka/ཁྲག་འཐུང་ khrag 'thungをはじめとする十四忿怒尊に降臨願います。そして忿怒尊の力をお借りして、怨敵の調伏を行います。

調伏された怨敵は、ヤクの角に閉じ込められます。そして、その角は灯籠、十字路、チョルテンの下などに埋めてしまいます。その際に怨敵に対し、仏教に入信し今後害をなさないよう諭します。

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最後に人骨と人皮で作った矢を空に放ち、敵がどこにいても滅ぶよう唱えます。

これでドクの儀式は終わり。

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このドクの儀式も、仏教僧院の祭りに取り入れられています。チャムའཆམ་ 'cham 仮面舞踊の最後に、ダオ དགྲ་བོ་ dgra bo(ここでいうling ga ལིང་ག にあたる)を切り裂く儀式がそれです。

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(追記)@2016/07/24

2016年6月25日土曜日 ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(5)カルマ・チャクメーのシェードゥル儀軌-その1

> 紙にシェーとなった人の名前と「ニ ནྲི་ nri」という字を書きます。
> これはその人の人生を象徴するもの。

カルマ・チャクメーのシェードゥルで記述されている「ニ ནྲི་ nri」が、ここでもちゃんと書かれていますね。

スペルは「ནྲྀ་ nrI」でしたが。なお、「ནྲྀ་」のTiseでのキーストロークは「nr-i」です。

2016年7月17日日曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(10)Tucci先生が報告する厄祓い・悪霊祓い-その3 ドゥーの儀式

続いてドゥー མདོས་ mdosの儀式。

これは厄を絡めとる儀式です。人の体や心、土地、財産、家畜に振りかかろうとする厄を、その前に絡め取ってしまうのです。

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ドゥーとはそのための祭壇のことです。祭壇・儀式ともドゥーと呼びます。儀式の方は、མདོས་གཏོ་ mdos gtoと呼ばれることもあります。ラダックではドスモチェ མདོས་མོ་ཆེ་ mdos mo cheと呼ばれています。













Tucci(1988) p.174

祭壇の中央には三階建の建物のミニチュア。これはMeru山 རི་རབ་ ri rab 須弥山を意味します。中に施主の人形を入れます。建物の前には男女の依代であるポルー ཕོ་གླུད་ pho gludとモルー མོ་གླུད་ mo gludを置きます。これはシンチャン ཤིང་བྱང་ shing byang 清浄なる木板にそれぞれ男、女の姿を描いたもの。














Tucci(1988) p.178

そして建物の上や祭壇の周囲に、ナムカー ནམ་མཁའ་ nam mkha' を置きます。ナムカーは棒を十字に組んだものに糸を張り巡らせたもの。これが厄・悪霊を絡めとってくれるわけです。まさに「蜘蛛の巣」そのものです。ナムカー自体がドゥーと呼ばれることもあります。










Tucci(1988) p.182

建物の周囲には供物も並べます。これは厄や悪霊への供物になります。

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ドゥーの儀式は、まず観想によりこの祭壇に須弥山を現出させます。そしてそこに守護尊に降臨いただきます。

守護尊のお力を借り、ナムカーによりドンを捕まえます。そして供物を捧げ施主の体から去るよう諭します。その際に去る道筋も丁寧に説明します(ལམ་བསྟན་ lam bstan)

これでドンが去る場合もありますが、中には供物の受け取りを拒否するドンもいます。その場合は少し強い調子でドンを脅します。

Tucci先生の記述では、ドンを天界に送るなどの儀軌はないのですが、おそらくそういった儀軌もあるのだと思います。

2016年7月16日土曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(9)Tucci先生が報告する厄祓い・悪霊祓い-その2 トの儀式

こういったドン(厄・悪霊)を祓う儀式がいくつか紹介されています。

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まずはト གཏོ་ gtoの儀式。これはトルマ གཏོར་མ་ gtor ma(ツァンパや小麦粉でかたどった供物)を依代として用いる厄祓い・悪霊祓いです。

イダム ཡི་དམ་ yi dam(守護神)に降臨願い、そのお力によりドンを退治してもらいます。イダムは、イェシェ・ドルジェ・リンポチェやカルマ・チャクメーのシェードゥルではカンドマでしたが、その宗派、術者により様々です。しかし、主にシュンマ སྲུང་མ་ srung maやチューキョン ཆོས་སྐྱོང་ chos skyong(護法尊)など、忿怒相を示す神々であるのは同じです。

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まず黒いトウモロコシ粉で地を作ります。そこに三角形に作ったトルマを置きます。このトルマは悪霊自身の骨肉を象徴するものです。トルマの周囲には動物の内臓を置きます。これらを黒イバラ ཚེར་ཤིང་ནག་པོ་ tsher shing nag poの枝で囲い、頭蓋骨 ཐོད་པ་ thod paを置きます。

瞑想しイダムに降臨願い、トルマに清めの儀式を行います。そしてこのトルマを悪霊が住む方向に投げつけます。これでドンを退治したことになります。

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こういった厄は、ランチャク ལང་ཆགས་ lang chagsとも呼ばれ過去に積まれた業の負債 བུ་ལོན་ bu lonと考えられています。

トの儀式の最後には「ལང་ཆགས་སོང་། lang chags song/ སབུ་ལོན་སྦྱང་། bu lon sbyang/(厄は去った。負債は清算された。)」と叫びます。

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Tucci先生がこの儀式について記述しているのは仏教の章ではなく、民間信仰(Folk Religion)の章です。

しかし業の思想が現われている点では、かなり仏教化されています。おそらく仏僧(特にニンマパ僧)がこの儀式をとり行うことも多いのでしょう。

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この儀式は、仏教僧院の祭りでも取り入れられています。チャムའཆམ་ 'cham 仮面舞踊の最後に、トルマを投げ捨てたりあるいは川に流したりする儀式がそれです。

2016年7月13日水曜日

カム小出し劇場(1)カムパとバス旅

シェードゥルの話はまだ続きますが、突発的にカム小出し劇場も始めます。

カム ཁམས་ khamsは東チベットと呼ばれますが、実際は東ではないのです。

ウー・ツァン དབུས་གཙང་ dbus gtsangが内側にあり、その外側がカム、そしてそのさらに外側がアムド ཨ་མདོ་ a mdoです。この辺は言葉だけでは実感できないでしょうから、いずれ地図と一緒にもう一度。

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カムは一回しか行ったことがありません。その時は成都からカムを横断してナクチュ ནག་ཆུ་ nag chu 那曲へ。そこからラサ ལྷ་ས་ lha sa 拉薩に出ないで、そのままチャンタン བྱང་ཐང་ byang thangを横断してンガリー མངའ་རིས་ mnga' ris 阿里へ出たのでした。あちこち寄って一カ月かかったな。

当時はまだカムは外国人に開放されていなかったので、行く先々で公安に捕まりまくりだったなあ。罰金は、取られたり取られなかったり。でも楽しかった。

その辺の話はまた追々。

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さてこれは、成都からダルツェンド དར་རྩེ་མདོ་ dar rtse mdo 打箭炉/康定へ向かうバス内。














いきなりこれだ!カムパ ཁམས་པ་ khams paはしょーがねーな、まだ四月なのに。

でも豪快でイイぞ。

2016年7月8日金曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(8)Tucci先生が報告する厄祓い・悪霊祓い-その1 ドン

・Giuseppe Tucci, Geoffrey Samuels(tr.) (1988) The Religion of Tibet. xii+340pp. University of California Press, Berkeley.

では、様々な厄祓い、悪霊祓いの諸相が報告されています。出典はほとんどないので、Tucci先生がチベット各地のフィールド調査で採集したものと推察されます。

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こちらでは、邪気、邪念、厄、悪霊をドン གདོན་ gdonと呼んでいます。これは初回に解説したゲク གེགས་ gegs/བགེགས་ bgegs、シェー གཤེད་ gshedを皆含んでいます。このあたりの違いや用法については、まだまだ調査が必要。もしかすると地域性もあるのかもしれません。

ドンは

T1. チドン ཕྱི་གདོན་ phyi gdon(外のドン):人格化したもの(悪霊など)
T2. ナンドン ནང་གདོན་ nang gdon(内のドン):邪気・邪念
T3. サンドン གསང་གདོན་ gsang gdon(秘密のドン):ヨーガ修行の過程でルン རླུང་ rlungの誤使用・制御失敗による狂気・厄

と区分されています。これは

2016年6月10日金曜日 
ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(1)ゲクとシェー

で紹介したCDにおけるゲクの解説

CD1. 内面的なゲク:精神の迷い、精神の異常、妄想
CD2. 隠れたゲク:神経管をふさぎ、精神の錯乱をもたらすもの
CD3. 外的なゲク:幽霊のようなもの、取り憑く死霊

と同じ話のようです。T1=CD3、T2=CD1、T3=CD2に相当します。

2016年7月3日日曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(7)カルマ・チャクメーのシェードゥルとイェシェ・ドルジェ・リンポチェのシェードゥルの比較

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェのシェードゥルは、このカルマ・チャクメーのシェードゥルの流れをくんでいることは明らかです。

カルマ・チャクメーのシェードゥルを見てわかったことは、シェードゥルの対象は、悪霊となった故人の魂ではなく、故人を悪霊ならしめた死神(おそらく一族)であることです。

これを祓い天界に送ることで、あとは通常の葬儀と同じプロセスで故人の魂を供養することになります。

ただしシェー gshedと呼ぶ場合に、この対象は悪霊となった故人を指すのか、悪霊ならしめた死神を指すのか判然としないところがあります。

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CD解説のシェードゥルとカルマ・チャクメー(KC)のシェードゥルには少し違いもあります。

例えば、KCではシェーが逃げ込む対象はリンガであり、板はシェーをとらえたかどうかの指標にすぎません。CDでは、この板とリンガが一体化しているように読めます。私の読み違い、あるいは解説者の勘違いなのかもしれませんが、儀軌のヴァリエーションの可能性もあります。

それから、CDでは調伏したシェーを調伏した後に天界に送りますが、KCではその過程は明瞭ではありません。調伏したシェーをカンドマに渡しているような気配もありますが、はっきりしません。

その意味では、CDの方がより仏教色が濃いと言えます。また、KCの方は、原始ボン教あるいは民間信仰の色彩を強く残している、と言いかえることも出来ます。

KCからCDまで約300年たっていますから、仏教儀礼としての整備が進んだのかもしれません。