2017年12月2日土曜日

代々木の魔窟 東豊書店まだ健在・・・だが・・・

2016年9月21日水曜日 代々木の魔窟 東豊書店 続報
2016年6月7日火曜日 代々木の魔窟 東豊書店 健在なり!

で報告した「代々木の魔窟」こと(命名したのは自分だが)東豊書店に久々に行ってみました。

なんだかんだで1年ぶりくらいになっちゃったな。

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というのも、東豊書店が入居している代々木会館に動きがあったという噂があったため。

これが2017年12月2日現在の代々木会館



あれ?何も変わってない。

しいていえば、1階の「きぬちゃん食堂」の横に新たにパイプが組んであるかな?程度。これ、「解体」の足場という感じじゃないなあ?なにか補強じゃないの?

きぬちゃん食堂も東豊書店ももちろん営業中。

「解体が始まった」というのはデマでした。

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デマの元はこれらしい↓

・Twitter > 滝本淳助 > (2017年)11月29日 僕の好きな 朽ち具合はこんな感じ。代々木駅のすぐ近く。もう解体工事が始まっています。
https://twitter.com/takimotonosekai/status/935684361956950016

1階の横に白いビニールシートがかけられ、なにか作業がありそうな雰囲気。

しかし変だ。今日の風景とは全く違う。

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で、その写真をよくよく見ると・・・なんと、1階にあるのは笠置酒場じゃないか!きぬちゃん食堂じゃない!

あそこに笠置酒場があったのっていつだ?

代々木会館は10年くらい見てなかったので、あそこが笠置酒場からきぬちゃん食堂に替わったのがいつか知らない。

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で、調べてみた。きぬちゃん食堂が開店したのは2014年11月らしい。ということは、滝本氏の写真はそれ以前の、「昔の写真」だ。ヘタすると10年くらい前かもしれない。

滝本氏は、代々木会館はとっくに解体されたと思い込んでいるようだが、どっこい、代々木会館も東豊書店もまだ生きているのだ。

滝本氏が知ったら驚くでしょうね。

これで安心。

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で、ひと安心したところで、東豊書店へ。

行ってみると、ドアは開いてるのに誰もいない。電気も半分消えている。しょうがないので、手持ちのハンディライトで照らしながら本探索(笑)。

こんな本屋、他にないよね。

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いつもあまり時間がなくてじっくり見れないのだが、今回はたっぷり時間をかけて見た。だってオヤジさん、20分くらい来ないんだもん(笑)。

で、よくよく見ると、東豊書店は古い本ばかりと思い込んでいたが、表面に並んでいる本はどれも結構新しい。といっても10年以内の本が多いんだが。

意外に本が入れ替わっていることに、今さら気づいた。

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そのうちオヤジさんが来て電気をつけてくれたので、ようやく落ち着いて探索再開。

今回の収穫は以下の通り。

(1) 霍巍 (1995.5) 『西藏古代墓葬制度史』(西藏文明研究系列). 8+6+5+405pp. 四川人民出版社, 成都.

(2) 阿壩藏族自治州概况 編写組・編 (1985.10) 『阿壩藏族自治州概况』(国家民委民族問題五種叢書之一 中国少数民族自治地方概况叢書). 2+2+269pp. 四川民族出版社, 成都.

(3) 韓百詩(Hambis)・著; 張国驥・訳 (2005.6) 『元史・諸王表箋証』(岳麓書院文庫 中国古代史研究系列). iii+iii+4+356pp. 湖南大学出版社, 長沙(湖南省).
← フランス語原版 : Louis Hambis (1945) LE CHAPITRE CVII DU YUAN CHE : LES GENEALOGIES IMPERIALES MONGOLES DANS L'HISTOIRE CHINOISE OFFICIELLE DE LA DYNASTIE MONGOLE (T'oung Pao, XXXVIII). xii+182pp.+tabs. E.J.Brill, Leiden.

結構散財したなあ。

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(1)は、前からほしかったのだが、いつの間にかどこの店でも見なくなり、買うチャンスを逃していたもの。

今もあるのは東豊だけになってしまった。で、今日思い切って買ったのだ。

なお、東豊にはこの本、在庫がもう1冊あります(笑)。

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(2)は、本棚の上に積んである山の、最下部から掘り出してもらったもの。

とても恐ろしくて掘り出す気にならなかったのだが、オヤジさんが「ダイジョブ、ダイジョブ、出してあげるよ」と、ヒョイヒョイ脚立に乗って、山を崩し始めた。

オヤジさんもう90歳なのに・・・。とてもそんな年には見えないし、足腰もしっかり。驚き。長生き、体力保持には、どうも書店業務が適しているらしい(笑)。

その崩し方、崩した本の積み方にも東豊流コツがあるらしく、素人目には危なっかしく横に積んでいく。脚立に乗りながら、あの狭いスペースのどこに余分な本を積んでいくのか?

(あの場所を知っている人には)謎でしょう?私も狐につままれたようでした???

それで出てきたこの本、30年前の本なのにピカピカ。あはは。入荷してから、ずっと埋もれたままだったんでしょう。640円(笑)。

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それで、その山をどかした部分で、とても恐ろしいものを見てしまった。なんと、あの山の裏にはもう一つ山が隠れていたのだ!

で、その裏山に埋もれていたのは、ピカピカの状態の1980年代の本!驚愕!目玉が飛び出しそうでした。

残念ながら、今回見た裏山には、今必要な本はなかったのだが、余裕があったらほしいような本がウジャウジャ。これらはたぶん、今はどこでも手に入らない。

そんな誰も見ることが出来ない裏山で埋まっているのだよ、この店は。なんということだ!まるで遺跡。


この裏にさらに山が隠れている!


いやはや、ほんとに驚きました。「敦煌・莫高窟」か、ここは!

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(3)はなんと、Louis Hambis(1906-78)の翻訳ではないか。

私は系図オタクなので、チンギス家の系図も巨大なものを作っています。でも、元朝諸王の系図はまだ不十分で、『元史』、『新元史』の諸王表を見ながら、「いつかまとめなきゃなあ」と思っていたところだったので、エイッと思い切って買いました。

これは当分楽しめる。

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今回は偶然、娘さんが訪れたところで、なんかお孫さんの話をされていました。「え、お客さん?」と言われたので苦笑。

ということで、昨年お見かけしたのは奥さんだとわかりました。

なんか、その会話の中で、「沖縄に行ったのは、返還(1972年)前だったナア。それから行ってないヨ」なんていう、なんかスゴイ話が聞こえてきました(笑)。

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帰り際に「まだまだお元気でやってて下さい」と言ったら、「いやあ、私ももう90ダヨ。もう、そろそろ店閉めようかと思って・・・」とのこと。

来るたび、いつも似たようなことを言ってみるのだが、その都度「ダイジョブ、ダイジョブ」と返って来るのだが、今回はついにこの言葉を聞いてしまった。

「えええ?いつですか?」と訊き返すと、

「あと1年くらいかなア」とのこと。

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今すぐ閉店ではないのでちょっと安心したが、それでもあの「魔窟」が1年後にはなくなってしまうらしいのだ。寂しい・・・。

しかし、あの本の行き先もまだ何も決まっていないらしい。うーん、誰かなんとかしてほしいなあ。

少なくとも、あの本の山、というより「大山脈」がゴミになってしまうのだけは避けなくてははならない。絶対に!

さっきも見たように、あそこの品物は、売り物の域をはるかに超えて、文化財の域に近づいている。失われるのは世界の損失である。

なにせ、中国本土や台湾、香港ですら今や入手不可能な本だらけなのだ。ホントですよ。

「古い本だから見つけるのは無理かな?でも東豊ならあるかも知れない」と行ってみて、何度助けられたことか。

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あと何度あそこに行けるかわからないが、できるだけ行って、必要な本はできるだけ採集しておこう。今回もだいぶまけてもらったし(笑)。

なお、今回、『藏族史料集(一)』、『通鑑吐蕃史料』がまだ在庫であるのを発見した(私は持ってるから買わなかったが)。1980年代のこんな本がまだまだあるのだ。

『唃厮囉』も『中国藏族部落』もまだあったなあ。なんで誰も買わない?

みなさんも是非、こういう真の「掘り出し物」を探しだしてみてください。その楽しみ方ができるのも、あと少しかあ・・・

2017年11月29日水曜日

ベトナムの密教僧院遺跡

引き続き「新アジア仏教史」を読んでいるわけですが、

・福田洋一・編集協力 (2010.4) 『須弥山の仏教世界』(新アジア仏教史 09 チベット). 493pp. 佼成出版社, 東京.

は、読んだのは3回目。書くこといっぱいありすぎて、今回は諦めた。

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そろそろ買わなきゃな。そして、買ってからじっくり書こう。

いずれにしても名著なのは間違いありませんので、買って損はありません。

「ゲルクパ以外、特にニンマパの記述が少ない」と不満の方には、

・永沢哲・監修 (2016.9) 『チベット仏教 特集』(サンガジャパン, vol.24, 2016 summer). 764pp. サンガ, 東京.

という巨大な本もありますから、そちらで。

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というわけで、飛ばして次へ。

・石井公成・編集委員 (2010.5) 『漢字文化圏への広がり』(新アジア仏教史 10 朝鮮半島・ベトナム). 453pp. 佼成出版社, 東京.


装幀 : 間村俊一, 表紙写真 : 小坂泰子

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まずは朝鮮半島仏教。

この巻に期待したのは、モンゴル帝国時代の高麗へのチベット仏教の伝来とその痕跡。

ところがなんと、その時代についての記述は10行にも満たない。モンゴル帝国時代もその影響も、全く存在しないことになっている。これは異常でしょう。

いくら、かの国が「自分に都合の悪いことはなかったことにする」傾向が強い国であっても、日本人研究者までそれにつきあうことはない。なさけない。

というわけで、何の役にも立ちませんでした。

その後の李氏朝鮮時代も、仏教の弾圧と衰亡の記述が単調に繰り返されるだけで、退屈極まりない。

さっさとベトナムへ進みましょう。

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こちらはとてもおもしろい。

ベトナム仏教は、中国仏教の影響が圧倒的に強い場所とばかり思い込んでいたが、思ったよりもインド、さらに中央アジアからの僧が渡来し、中国への中継地として機能していたことがわかった。

そして、ベトナムにも密教が伝わっていたことが、おぼろげながらわかった。

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驚いたのは、ベトナム中部にあるドンズオン(Dong Duong/洞楊)仏教遺跡。


同書, pp.360-361

ベトナムに、こんなインドインドした仏教僧院(でしょう)があったとは。

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これ、ンガリーのトリン寺 མཐོ་ལྡིང་ཆོས་འཁོར་ mtho lding chos 'khorそっくりだ。中央の伽藍が十字型のところまでそっくり。


トリン寺(Google Mapより)

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これのもとになったのは、インドのVikramashila Mahavihara विक्रमशिला महाविहार。


Vikramashila Mahavihara(Google Mapより)

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Bangladesh Paharpur पहाड़पुरにも、Vikramashilaとよく似たプランのSomapura Mahavihara सोमपुर महाविहारがある。


Somapura Mahavihara(Google Mapより)

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中央の十字型伽藍こそないものの、SpitiのTabo Choskhor རྟ་ཕོ་ཆོས་འཁོར་ rta pho chos 'khorもこの系統である。


Tabo Choskhor(Google Mapより)

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ドンズオン遺跡は、Google Mapで見ても、今は畑が広がっているだけで、地表に痕跡は皆無。わずかに崩れた門が残っているだけだという。

インド、チベットのこの形状の伽藍は、金剛界五仏を祀っていたもばかりなので、ドンズオンも金剛界五仏、すなわち金剛頂経と関係が深いに違いない。

残念ながら、遺物もわずかに博物館に観世音菩薩像が残っているだけらしいので、その全体像は不明な点が多い。

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しかし、IndonesiaのBorobudurにも密教が伝わっていたのだから、ベトナムにも伝わっていて全然おかしくないのだ。

東南アジアへの密教伝来というのは、今後の仏教史研究の一つのフロンティアかもしれませんね。

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というわけで、ベトナム編は大変面白い内容でした。

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(追記)@2017/12/02

モンゴル帝国時代、高麗へのチベット仏教伝来についての論文がありました。

(1) 許一範 (2000.3) チベット・モンゴル佛教の高麗傳來について. 印度學佛教學研究, vol.48, no.2, pp.1010-1006.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/48/2/48_2_1010/_article
(全文表示には、J-STAGEへの登録(無料)が必要です)
(2) 李智英 (2015.10) 十五世紀、朝鮮王朝仏画にみられるチベット的要素 昭恵王后における明朝仏教文化の受容. 美術史, vol.65, no.1, pp.152-169.
(2a) 李智英 (2014.5) 15世紀、朝鮮王朝仏画にみられるチベット的要素をめぐって 昭恵王后による明仏教文化受容の一側面. 第67回美術史学会全国大会, 2014年5月17日(土)10:40-11:20.
http://www.bijutsushi.jp/c-zenkokutaikai/pdf-files/2014_05_17_20_li.pdf

(1)は、現在わずかながら残っている、高麗時代のチベット仏教の痕跡を追ったもの。たぶんもっとある(あるいは、あった)と思うが、韓国では全く研究対象とされていないらしいのだ。

(2)は、論文本体は未見だが、(2a)学会での講演要旨でその概要を知ることができる。

それによれば、仏教弾圧が激しかった李氏朝鮮時代でさえ、明朝経由でチベット仏教美術が伝わっていたらしいのだ。

朝鮮仏教におけるチベット仏教の影響についての研究というのは、本当にもうフロンティアもフロンティアなのかもしれない。今のどぎついKorean Nationalismが続くようだと、永久にフロンティアのままかも知れないが

2017年11月14日火曜日

西蔵ツワン先生の新聞記事

2014年5月15日木曜日 チベット・ヒマラヤTV考古学(10) 1960年代、日本へのチベット人留学生
2017年6月16日金曜日 飯能で映画「ラサへの歩き方」を見てきました

で紹介した、埼玉県在住の在日チベット人、西蔵(にしくら)ツ(ェ)ワン先生(日本に帰化)の新聞記事が出てました。

・毎日新聞 > 医療 > ストーリー 三股智子/日本で生きるチベット難民(その1) いつか帰りたい故郷 (毎日新聞2017年11月12日東京朝刊)
https://mainichi.jp/articles/20171112/ddm/001/040/127000c
・毎日新聞 > 医療 > ストーリー 三股智子/日本で生きるチベット難民(その2止) 日本に育てられ (毎日新聞2017年11月12日東京朝刊)
https://mainichi.jp/articles/20171112/ddm/010/040/063000c

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西蔵ツ(ェ)ワン先生の本名が

ツ(ェ)ワン・ユゲル ཚེ་དབང་གཡུ་རྒྱལ། tshe dbang g-yu rgyal/

であることもわかりました。チベット文字綴りは推定ですが。

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本文に現れる他の人名の、チベット文字綴りも推定してみましょう。

まずツ(ェ)ワン先生と共に来日した5人の留学生のうち、他の4人。

ペマ・ギャルポ པདྨ་རྒྱལ་པོ། padma rgyal po/

ダムデン・ギュルミー(西大寺ダムデン) དམ་ལྡན་བསྒྱུར་མེད། dam ldan bsgyur med/

ギュルミー・ワンダー བསྒྱུར་མེད་དབང་གྲགས། bsgyur med dbang grags/

トプゲイ・ブティア སྟོབས་རྒྱལ་ भोटिया stobs rgyal Bhutia
(Bhutia/Bhotiyaはチベット語ではなく、インドにおいてチベット人を指す他称)

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ツ(ェ)ワンさん、ペマさん、ダムデンさん以外の2人の行方が気になっていたのだが、ギュルミーさんはギャワ・リンポチェ(ダライ・ラマ法王)のbodyguardとなり、現在はCanada在住。

トプゲイさんは在Delhi日本大使館に勤務。インドで活動しているため、チベット人であることを示すBhutiaを苗字のように使っているものと思われる。

かなりすっきりした。

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ツ(ェ)ワン先生の奥さん

チュドレン ཆོས་འདྲེན། chos 'dren/ か ཆུ་འདྲེན། chu 'dren/

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毎日新聞のチベット関連記事については、これまであまりいい印象を持っていなかった。

ダライ・ラマ法王説法の取材について、「デスクワークから離れられてよかった」なんていう、中学生レベルの感想を紙面に垂れ流したり、チベット取材では、チベット人による中国共産党批判の声を伝えながら、それは、批判した本人が誰なのか、共産党側が簡単に特定できるような、お粗末な記事だった。

間接的に中国共産党のチベット抑圧に手を貸している、と言われても仕方あるまい。

他の紙面でも、だんだんレベルの低い記事が目立つようになり、毎日新聞を読む機会もなくなっていたところ。

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今回の記事は、淡々としているものの、取材内容を的確かつ簡潔に届けており、好感が持てる。

こういう優秀な記者が、本社に栄転するといろいろ圧力を受けて、まるで人民日報そのままのような記事を垂れ流すようになるのは勘弁してほしいものだ。