2014年6月1日日曜日

ツェリン・シャーキャ先生の名前

例によって追記を書いているうちに長くなったので、独立させました。

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前回のエントリーで「シャキャ(シャーキャと伸ばした方がよい) ཤཱཀྱ shAkya」の表記にひっかかった方もいるのではないでしょうか?

これはインド語なので、ちょっと変わった綴りになっているわけです。shAとkyaの間に「་ (ཚེག tsheg ツェグ)」がないのもそういうこと。ツェグが入ることもありますが、それはやっぱり「チベット語化している」とみなした場合の表記。どちらでもOK。

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kyaの後にツェグをつけるかつけないかは難しいところ。

文章になっている場合、文末の基字が

(1)ཀ ka、ག ga、ཤ shaのときは、ツェグも「། (ཤད་ shad シェー)」もくっつかない。
(2)ང ngaのときはツェグとシェーの両方つける。
(3)その他のときはシェーだけつける。

というのがチベット文の決まりです(注1)。

これが、文章ではなく、単語だけを取り上げた場合の表記はどういう決まりになっているのか知りません。

単語だけを取り出した場合でも、文章と同じ扱いでシェーをつける人もいます。あるいはツェグで済ます人もいます。これは文章の一部を抜き出した、という解釈でしょう。

私は後者ですが、語末基字がka、ga、shaのときは、先ほどの(1)に倣ってツェグもつけないようにしています。つける人もいます。

この辺はよくわからないところなので、もし「はっきりとした決まりがあるのに馬鹿だなー」ということでしたら教えてください。

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なお、Tise+Tibetan Machine Uniでのキーストロークは「shAkya」あるいは「shaakya」。どちらでも同じ表記が出てきます。よくできていますね。

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さて、そのshAkyaの意味ですが、これはもちろん「釈迦」のこと。釈尊の出身氏族名です。

あれ?ということは、もしかするとツェリン・シャーキャさんは苗字がシャーキャ?

そう言われてみると、チベット人の名前は通常苗字はなく、2つの単語がくっついてできているはずです。たとえば

bstan 'dzin bkra shis
rin chen sgrol ma

など。

ところがtshe ring dbang 'dus shAkyaという名前は単語が3つ。shAkyaが氏族名である可能性は高いでしょう。調べてみると、shAkya tshe ring dbang 'dusと、shAkyaが先頭に来る表記もみかけます。

氏族名をつけるのは貴族などの名家出身者が多い。現代でも氏族名を名乗っている人もいますが、なんといっても吐蕃時代の個人名によく出てきます。

mgar stong rtsan yul zung(ガル(氏の)・トンツェン・ユルスン)
dba's stag sgra khong lod(バー/ウェー(氏の)・タクラ・コンルー)

など。ご覧のように氏族名が先頭に来ます。

shAkyaが氏族名だとすると、ツェリン・シャーキャという具合に氏族名が最後に来るのはどうしてでしょうか。これは、ツェリン・シャーキャさんが長く欧米で暮らしているから、とみられます。つまり、欧米風に苗字を最後に持っていった、ということ。

チベット人としての名前は「シャーキャ(氏の)・ツェリン・ワンドゥー」、UK/カナダ住民としての名前は「Tsering W. Shakya」ということなのでしょう(注2)。

なお、ツェリン・シャーキャさんが、UKあるいはカナダ国籍を取得しているかどうかは知りません。

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シャーキャという氏族名、どうもチベット起源ではなさそうです。

この氏族名は現在でもネパールに残っています。カトマンドゥ盆地の原住民族ネワール人(नेवार)の氏族名です。

本当かどうかはわかりませんが、シャーキャ氏族(शाक्य)は、カピラヴァストゥからカトマンドゥ盆地に移住した釈迦族の子孫と称しています。現在は、仏師を生業とする仏教徒高位カーストの氏族名でありカースト名です(注3)。

吐蕃時代の昔から近年に至るまで、ネパールからチベットへは多くの仏師が招かれています。そしてそのままチベットに定住した者も多い、といいます。ツェリン・シャーキャさんの先祖は、そういったネワール仏教の仏師だったのかもしれません。

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ツェリン・シャーキャさんの家系については、本やネットで調べても出てこないので、ほとんど私の推察ばかりなのですが、おそらくそれほど的外れではないでしょう。

もしかすると、先日ツェリン・シャーキャ先生に直接お会いした方の中に、このあたりの事情をすでに聞いている方がいらっしゃるかもしれません。それで、もし今回の内容に誤りがあれば、早いうちに訂正しておきたいところです。

というわけで、早くどこかにこの辺のお話が出ないものでしょうか、と楽しみにして今回は終わり。

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(注1)

これも何故にそういう決まりになっているのか知らない。『性入法』あたりに説明があるのでしょうか?

(注2)

同様なケースは、以前紹介したSamten Gyaltsen Karmay先生。Karmayが氏族名/苗字です。チベット語では、このKarmayが先頭に来ます。

なお、以前Karmayのチベット文字表記をmkhar smadとしました(ネット上で拾ったもの)が、どうもmkhar rme'uが正しい模様(こちらもネット上で拾ったものですが)。

とすると、これはまた面白い話になるのですが、長くなるので別稿で。あっちのほうも追記を入れておきましょう。

その前に、マナスルTVを片付けてしまいましょうかね。

(注3)

本来カーストを否定するところから始まった仏教ですが、ネパールではヒンドゥ教のカースト制度に組み入れられてしまい、仏教徒の中にもカーストができてしまいました。

密教僧カースト(Vajracarya/Gubhaju)、仏師カースト(Shakya/Bare)が仏教徒高位カーストになります。

ネワール仏教やシャーキャ氏族について詳しくは、

・立川武蔵・編 (1991) 『講座 仏教の受容と変容 3 チベット・ネパール編』. pp.324. 佼成出版社, 東京.
・David N. Gellner (1993) MONK, HOUSEHOLDER, AND TANTRIC PRIEST ; NEWAR BUDDHISM AND ITS HIERARCHY OF RITUAL. pp.xxiii+428. Foundation Books, New Delhi.
← Original : (1992) Cambridge University Press, Cambridge(UK).
・田中公明+吉崎一美 (1998) 『ネパール仏教』. pp.vii+264+14. 春秋社, 東京.
・アジャヤ・クラーンティ・シャーキャ・著、井沢元彦・監修、堤理華・訳 (2009) 『シャカ族 仏陀を輩出した一族に今なお伝わる仏教の原点』. pp.389. 徳間書店, 東京.
← 英語原版 : Ajaya Kranti Shakya (2006) THE ŚĀKYAS. pp.272+pls. Nepal Buddhist Development & Research Centre, Kathmandu.

あたりをご覧ください。

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