2016年12月5日月曜日

東京外国語大学図書館特別展示「旅するチベット語」

・東京外国語大学附属図書館・主催 「東京外国語大学附属図書館第17回特別展示 旅するチベット語 縁は異なもの文字は乗り物」. 東京外国語大学附属図書館2階ギャラリー, 府中, 2016/11/21-12/26.

を見てきました。

これはそのパンフレット














・星泉・選書+解説執筆 (2016.11) 『東京外国語大学附属図書館第17回特別展示 旅するチベット語 縁は異なもの文字は乗り物』. 16pp. 東京外国語大学附属図書館, 府中.
http://www.tufs.ac.jp/library/guide/shokai/tenji17.pdf

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ご覧のとおり、展示ケースわずか7つというささやかな展覧会ですが、内容は濃い。

図書館2階ロビーでの展示なので、図書館への入館手続きは不要。学外の人も自由に見ることができるので、近くまで来た方は是非どうぞ。

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展示内容タイトルをざっと紹介すると、

展示ケース1 : 記録の中のチベット(唐代、18世紀末)
展示ケース2 : ヨーロッパや日本からのまなざし(18世紀末~20世紀初)
展示ケース3 : 周辺の国々との関わりの中から生まれてきたもの(9世紀初、18世紀末、20世紀)
展示ケース4 :活版印刷との出会い、そして試練の時代(1950年代~60年代)
展示ケース5 : 文化復興の時代(1970年代後半~80年代)
展示ケース6 : 現代文学の幕開け(1970年代後半~2010年代)
展示ケース7 : 翻訳で広がる世界(2000年代~10年代)
おまけ : SERNYA 3冊のサンプル

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私の興味を引いたのはもちろん展示ケース1。









ここには

・馬掲+盛縄祖 (清1792) 『衛藏圖識』.

が展示されています。初版本なのか、どこかの時点で復刻されたものなのかはわかりませんが、とにかく貴重なもの。

なお、『衛藏圖識』の中身は、早稲田大学附属図書館のサイトでPDF版が公開されています。

・早稲田大学図書館 > コレクション・刊行物 > 古典籍総合データベース > 衛蔵図識 / [馬掲],[盛縄祖] [纂](as of 2016/12/04)
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru05/ru05_01515/

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パンフレット1ページ目の絵はここから取られています。面白いので公開されていた部分をちょっと訳してみましょう。

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ンガリー(མངའ་རིས་ mnga' ris 阿里)・ガルトク(གར་ཐོག gar thog 噶爾渡)部落のチベット人女性(番婦)の図

ンガリー(阿里)・ガルトク(噶爾渡)部落は、チベット西部にあり、ツァン地方(གཙང་ gtsang 後藏)タシルンポ(བཀྲ་ཤིས་ལྷུན་པོ་ bkra shis lhun po 札什倫布)、サンサン(བཟང་བཟང་ bzang bzang 三桑)と接する。ポラネー(ཕོ་ལྷ་ནས་ pho lha nas 頗羅鼐、1689-1747)の長子ギュルメー・ツェテン(འགྱུར་མེད་ཚེ་བརྟན་ 'gyur med tshe brtan 朱爾瑪特筞登、?-1750)がかつて駐屯していた場所である。

そこに住むチベット民の帽子の高さは一尺(約30cm)余り、帽子の縁は錦の類を使っている。幅広くはない。頂部は糸で縫い合わせてある(訳注:先が尖ったものになる)。

チベット女性の帽子は、前と後ろに玉すだれが垂れ下がり、(皇帝の冕冠の前後に垂れ下がる)旈(りゅう)のように、顔から頭を隠している。丸首で袖の大きい着物を着て、粗末なスカートを履いている。

役人に会う時でも帽子は取らず、右手で額より上を指し、「ཨཱོཾམཎིཧཱུྃ  オーム・マニ・フーム OMmaNihUM 唵嘛吽」と三度念ずるのみである。

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この女性の盛装、特に顔の前後に垂らした玉すだれがなんといっても面白いわけですが、実はこの装飾は今も現役なのです。

・ཀརྨ་མཁས་གྲུབ་སྲིབ་སྐྱིད། karma mkhas grub srib skyid/ (1998) མངའ་རིས་རོང་ཆུང་ཁུལ་གྱི་ཐུན་མོང་མ་ཡིན་པའི་གནའ་སྲོལ་གླུ་གར་ཕྱོགས་བསྒྲིགས། mnga' ris rong chung khul gyi thun mong ma yin pa'i gna' srol glu gar phyogs bsgrigs/(A Collection of Ancient Songs of Ngari Rongchung/ンガリー・ロンチュン地方の比類なき伝統歌舞集). xxix+201pp. Karma Khedup, Dharamsala.














表紙の女性の装飾がそれです。

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この本は、ンガリーのランチェン・カンバブ(གླང་ཆེན་ཁ་འབབ་ glang chen kha 'bab Sutelj川)流域最西端ロンチュン(རོང་ཆུང་ rong chung)地方の伝統歌舞を紹介したもの。ロンチュン地方からインドに亡命してきた人々による報告・記録になります。著者のカルマ・ケードゥプさんは、国境の町シプキ(སྲིབ་སྐྱིད་ srib skyid什布奇)出身らしく、名前のお尻に地名をつけていますね。

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『衛藏圖識』との違いは、ベレー帽みたいな帽子ではなく、Ladakhi女性のようにペラク(པེ་རག pe rag)をつけていること。この辺はLadakhからの影響と思われます。

ロンチュンを含む旧グゲ王国は17世紀にはLadakhに占領されていましたし、隣接しているSpiti、Upper Kinnaurも長らくLadakh領でした。

SpitiやUpper KinnaurのペラクはLadakhやZanskarで見られるよりもやや小ぶりです。ロンチュンのペラクも同様に小さめ。

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ロンチュンはインドHimachal Pradesh州Kinnaur県に接しています。Kinnaur県の最東端Spiti川流域Upper KinnaurはHangrang(ཧྲང་ཏྲང་ hrang trang)とも呼ばれ、文化・言語はロンチュンとはほとんど同じらしいです。このチベット文化は、さらに北へSpiti川沿いにSpiti(སྤྱི་ཏི་ spyi ti)へと連続しています。

Upper Kinnaurの女性装飾もロンチュンの装飾とそっくりです。














DK's Flash Photo Studio, Kaza提供

こちらでもペラクをつけていますね。

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ペラクではなく、『衛藏圖識』のようなベレー帽は、実はSutrej川をもう少し下ったMiddle Kinnaurに出てくるのです。ちょっと小規模ですが、もちろん玉すだれもあります。














Pratap Studio, Rekong Peo提供

これが『衛藏圖識』と一番似ていますね。

この顔の前の玉すだれ、Kinnaurでは「トノル」あるいは「ピラザ」と呼ばれています。「トノル」は「སྟོད་ནོར་ stod nor(頭部の宝物)」かも知れません。ベレー帽は「プレー・テパン」。

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少し離れてLahaulにも似たような装飾が見られます。










MS Kalpna Colour Lab, Keylong提供

こちらでは、この玉すだれに日月をつけてあり、「tarka」と呼ばれています。帽子はユ(གཡུ་ g-yu トルコ石)をたくさん縫いつけた帽子yutud(གཡུ་སྟོད་ g-yu stod)をかぶるのがユニーク。

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余談ですが、Lahaul西部Udaipurでは、Middle Kinnaurとよく似たベレー帽をかぶります。










Laxmi Art Studio, Udaipur提供

装飾は、他の地域と比べてちょっと地味かもしれませんが、耳を隠す装飾はやはり共通しています。

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一方、『衛藏圖識』における男性のとんがり帽子の絵は、パンフレットのp.3に出てきます。









星(2016)p.3

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こういったとんがり帽子は、西部チベット各地に出てくるのですが、ここではLadakhの例を紹介しておきましょう。もちろんSpitiやUpper Kinnaurにもあります。








Ladakh Sabuの祭り

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200年前の習俗が今もしっかり現役であることに感動するわけですが、現・中国領西チベットでは全く見ることができませんでした。残念。

お祭りにでも出くわせば、少しは見れたのかもしれませんが、民族衣装については、インド側の方が圧倒的に艶やかです。楽しい。

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最初に挙げた『ロンチュン歌舞集』ですが、買ってから十数年間、活用もせずに放ってあるので、少しは何とかしたい。

民族衣装の写真が結構あるので、その部分だけでもいずれ紹介しましょう。

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