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・佐藤信弥(2016.9) 『周 理想化された古代王朝』(中公新書2396). 237pp. 中央公論新社, 東京.

中国古代の周王朝、特に西周時代にスポットを当てたもの。編集側の依頼は「春秋・戦国時代の周、すなわち東周を中心に」というものだったらしいが、著者が自分の専門である西周中心で押し切ってしまったそうな。正しいぞ!
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西周時代の記述といえば、武王克殷の後は、周公の話があって、その後一気に厲王と「共和の政」に進み、そして幽王憤死~東遷だけで終わることが多い。
この本では、西周時代の政治・礼制・文化を出土史料(主に金文)によって丹念に再構築していく。
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文献史料による西周史は、『尚書(書経)』、『史記』などをベースにした研究がこれまで散々行われており、この本でもそれがベースになっていることは言うまでもないが、出土資料を重視した研究でまとまったものというのは、
・白川静 (1971.4) 『金文の世界 殷周社会史』(東洋文庫184). 11+301pp. 平凡社, 東京.
以降少なかった。
特に最近は、中国国内では考古学的発見が相次ぎ、歴史を塗り替えるような発見が毎年のように続いている。白川(1971)以降の出土史料(主に青銅器銘文)を振り返りながら、西周史を見直していく作業は重要なのだ。
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このblogでは触れる機会があまりありませんが、私は中国史好きでもあります。
特に系図好きですね。中国の三皇五帝から清までの全王朝の系図+匈奴から清(女真)までの北アジア王朝の系図をExcelで作ってあります(もちろん、いろんな文献からの切り貼りで、独自のものではありませんが)。
で、この『周』はその系図の補足にすごく役に立ちました。
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BC770年、幽王憤死による西周滅亡後、一般にはその子・宜臼が成周(現・洛陽)に擁立され(平王)、以後は東周と呼ばれる、とされます。
ところが、平王とは別に、携王・余臣という王が並行して存在していたとする史料(『春秋左氏伝』、『竹書紀年』など)が存在しています。この携王が幽王とどういう関係にあるのかが、(私には)今までわかりませんでした。
清華大学・蔵『戦国竹簡』のうちの「繋年」=通称『清華簡・繋年』によると、携王は幽王の弟なのだそうです。これですっきりしたー。
『精華簡・繋年』は2008年に北京・清華大学が外国から買い戻して2010年から公開し始めた新しい出土史料なので、私のような素人にはまだまだ情報が回ってきません。
この中公新書『周』のような形で、その最新研究成果を教えてもらうとすごく助かる。
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この時代は、今はもちろんのこと、大昔にも周王室よりも春秋・戦国諸国の歴史のほうが人気があり、東周の動向はあまり取り上げられなくなる。もっとも、『史記』を読んでも、東周王室はスケールの小さい内輪もめがあるばかりで全然面白くないのは確か。
東周末の西周君、東周君あたりについても、金文を使った考察があっておもしろかった。この辺も自分にはよくわからなかったんですよ。だいぶ頭の中を整理できた。
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春秋・戦国の大諸侯については、『史記』や『春秋左氏伝』をベースにさんざん研究され、創作ものも数多くありおなじみなのだが、この本では周王室の周辺に仕えていた諸侯に関する情報が多いのもありがたい。
周公の系譜、召公の系譜、虢公、毛公、曽侯(南宮括の子孫)などですね。一連とまではいかない飛び飛びの系譜ながら、だいぶイメージつかめるようになった。西周時代の有力諸侯、申侯などについてはもっと知りたいなあ。
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本書では触れられなかったが、同著者による『穆天子伝』についての論考も読んでみたいなあ。
私が新書に求めるのは、こういうレベルの話題なのだが、最近は週刊誌記事の水増しレベルの新書が多く辟易していたところだった。
しかしこういう本の刊行を見ると、最近中公新書は昔の輝きを取り戻しつつあるよう。期待しよう。
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お次は
・浅野裕一+小沢賢二 (2013.12) 『浙江大『左伝』真偽考』. 292pp. 汲古書院, 東京.

高い本なので自分で買ったものではありません。図書館で借りたもの。グラビアには竹簡の写真が大量に掲載。これは持っていたいなあ。
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BC340年頃とされる楚の竹簡(著者たちは「斉・魯の竹簡」と推察)に関する論考。これは、もともと骨董市場から現れた出土文物。中国・浙江大学が2009年に購入者から寄贈を受け、整理と研究を進めてきた。
その中に『春秋左氏伝』と一致する内容が含まれており、その部分を『浙江大・左伝』と呼ぶ。
しかし、その真偽については定まっておらず議論が続いている。中国学界では、偽作説が優勢らしい。
『春秋左氏伝』(略称『左伝』)は春秋時代の正しい史実を多く含んではいるものの、同時代史料ではなく、前漢末・劉歆が左丘明に仮託して編纂したもの、というこちらも偽作説が優勢。
しかし『浙江大・左伝』が本物であるならば、戦国時代には『左伝』がすでに成立していたことになり、これは歴史を塗り替える発見となる。
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浅野、小沢の両先生は、偽作説が定着しつつある中、あえて真作説を唱え、困難な作業を実施した。その結果がこの本。
その是非について論評する能力は私にはない。特に偽作説を読んでいないので、本論考で、その偽作説に対して充分反論・論破できているのか判断がつけられない。
しかしネット上で調べても、この本はほとんど話題になっていないのですね。真作説、偽作説の当否はさておき、まずもっと議論されるべきと思う。
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大量に混入している「得」、「之」、「得之」といった衍字・衍文(文中に混入した余計な文字・文章)の解釈がやはり鍵でしょう。
ここでは、先生が弟子に読み聞かせながら書写させた時に入り込んだ、調子を整える字(「えーと」みたいなもの)と解釈されているが、証拠があるわけでなく、さらなる議論が必要。
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小沢先生の科斗文字についての論考はおもしろいし、ためになった。中国史や文学を見ていると、あちこちにこの「科斗文字」という言葉が出てくるのだが、その実態はよくわからなかったが、これでだいぶイメージつかめるようになった。
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上記書の本論からははずれるが、浅野+小沢(2013) p.155に中国文字学の大家・白川静の研究について重要な話が書いてあった。
これは他人の文章の引用という形で出てくるのだが、その原版がこれ↓
・東京大学大学院人文社会系研究科・文学部 > 教員紹介 > 教員エッセイ「私の選択」 > 2009年 > 大西克也(中国語中国文学)/文字の縁
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/teacher/essay/2009/3.html
そこで私は再び金文研究者としての白川静と向き合うことになった。そのようなある夜、研究会の後の飲み屋でふと感じた息苦しさが、白川文字学との訣別のきっかけとなった。以前あれほど魅力的に感じられた字源に関する言説が、実は甲骨文や金文のコンテクストに立脚点を持たず、信じるか信じないかというレベルで人に受け入れを迫るものであることに思い至ったのである。
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私も一時期白川文字学に入れ込んで、著作を大量に読んだものだが、ある時すっぱりと覚めた。それは漢字の最も基本的な部首「口」に関する疑問からであった。
白川説では、これはいわゆる「くち」ではなく、「サイ」というもの(が多い)だという。「祝詞」が入れられた箱だというのだが・・・。
祝詞?
ということは、漢字の最も基本的な部首ができる前に「祝詞を書いた文字」がすでにあったことになる。これはおかしい。
それにこの「サイ」、その材質が何か?(たぶん暗に木製と言いたいのだと思うが)、出土物として出てこないのはなぜか?、後代の宗教・文化にはどういう形で伝わっているのか?、あるいは伝わっていないのならば、それはなぜか?
などなど、一度疑問を持ってしまうと、芋づる式にどんどん疑問が出てくる。他の字源についても、解釈が独立してあるだけで、根拠薄弱なものが大半を占めることにもどんどん気づいてしまう。
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その白川説によって再構築された「呪術一色の王朝・殷」を、もう少し現実味のある姿にしたい、ということで研究を進めているのが、落合淳思先生。中公新書『周』も落合先生の手引で、執筆・発刊に至ったものだそうな。
落合先生の
・落合淳思 (2007.8) 『甲骨文字の読み方』(講談社現代新書1905). 235pp. 講談社, 東京.
・落合淳思 (2008.7) 『甲骨文字に歴史をよむ』(ちくま新書732). 228pp. 筑摩書房, 東京.
・落合淳思 (2015.1) 『殷 中国史最古の王朝』(中公新書2303). iii+256pp. 中央公論新社, 東京.
などの一連の著作(他に高い専門書ももちろんある)もずいぶん参考になった。
白川文字学については、別にちゃんと書かないとなあ。
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