語源シリーズ第4弾。珍しく西部チベットの話ではありません。
ヒマラヤの雪男について、日本では近年重要な著作が2つ発表されています。
・角幡唯介 (2011) 『雪男は向こうからやって来た』. pp.338. 集英社, 東京.
・根深誠 (2012) 『イエティ ヒマラヤ最後の謎"雪男"の真実』. pp.325. 山と溪谷社, 東京.
意味合いは違うものの、どちらも雪男伝説に終止符を打つ役割を果たす本ではないか、と思われます。
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そこで挙げられている「雪男」の現地語名は、
・ブータン/シッキム → 「ミゲ」/「メギュ」
・チベット・ドクパ → 「テモ」
・チベット一般 → 「メテ」
・ネパール・ライ/リンブー → 「ソクプ」
・ネパール語 → 「バンマンチェ」
・ネパール・シェルパ → 「イェティ」/「メティ・カンミ(metch kangmi)」/「チュティ」
などと表現されていますが、残念ながら発音のカタカナ転写のみで、チベット文字(あるいはそのアルファベット転写)での表記がありません。
そこで、ここではチベット語での解釈を紹介してみましょう。
なお、チベット文字表記を伴う欧文サイトはかなり目にしますが、意味が誤っているものも多く、それも合わせて訂正しておきましょう。
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(1)ミゲ/メギュ
མི་རྒོད་ mi rgod (ミグー) → 野人
「mi」は「人」、「rgod」は「荒くれの」「騒がしい」「野蛮な」などの意味です。これが最も「雪男」のイメージに近い。
なお、チベット語では、修飾語である形容詞は、被修飾語である名詞に後接します(例外も少なくありませんが・・・)。
しかし「イエティ」に比べて、あまり聞かないマイナーな名称です。また「雪男」よりも「人間」寄り、あるいは伝説上の「妖怪」のような印象です。
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(2)テモ
དྲེད་མོ་ dred mo (テンモ) → ヒグマ
チベット本土だけではなく、ラダックなどでも同じく「ヒグマ」です。これが「雪男」のチベット語名とされていることで、「ヒグマ」と「雪男」の区別がはっきりしていないことがわかります。それも、聞き手側の解釈の問題で意味合いに齟齬が生じているだけのような気がしますが・・・。
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(3)メテ
མི་དྲེད་ mi dred (ミテー) → 人熊
これはテンモよりは「雪男」っぽいですが、やはり半分はクマです。それも単語の構造としては「人(の大きさの)熊」と思われます。詳しくは後ほど。
根深(2012)で紹介されている「メ=人、テ=サルの仲間」という説は、「dred(テー)=クマ」と「spre('u)(テ(ウ))=サル」は発音が似ていることからの混同と思われます。
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ライ・リンブーの「ソクプ」、ネパール語の「バンマンチェ」はチベット語ではないので飛ばして、
(4)メティ・カンミ
མི་དྲེད་གངས་མི་ mi dred gangs mi (ミテー・カンミ) → 人熊+氷雪/雪山の人
「メティ」は(3)と同じです。「カンミ」の方は「雪男」そのままですね。この二語が連続しているところが解せないのですが、おそらく「メティあるいはカンミと呼ばれる」という意味と推測します。
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(5)イエティ
さてお待ち兼ねの「イエティ」です。すでにあちこちの欧文サイトではチベット語スペルが明らかにされていますが、日本語サイトでは見かけないので、ここで挙げておきましょう。
གཡའ་དྲེད་ g-ya' dred (ヤテー) → ヒグマ
「g-ya'」は「赤サビ」です。これが転じて「赤い(もの)/茶色い(もの)」という意味にもなります。単語の構造からも日本語の「ヒグマ(緋熊)」そのものです。
「dred」は「dred mo」の省略形。「dred」だけでも十分ですが、「g-ya'」を付け加えることで、色を強調したものと思われます。
欧文サイトでは、よく「rock bear」という訳語が挙げられていますが、「赤サビ(色の)熊」の方がふさわしい、と思われます。「g-ya'」には「スレート/石板」という意味もありますが、これは岩盤でなく、その辺にゴロゴロころがっている(やや大きめで板状の)岩石のことですから、クマとはあまりくっつけにくい。
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(6)チュティ
今ひとつよくわかりませんが、
ཆུང་དྲེད་ chung dred (チュンテー) → 小クマ
でしょう。雪男を大きさで区分して、大=メテ、中=イエティ、小=チュティ、とされることから推測しました。
普通、チベット語では形容詞は名詞に後接するのですが、成語化されているときは前接も珍しくありません。
以下、次回。
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(追記)@2014/04/02
「イエティ」をなぜチベット語で解釈するのか、というお話をしておく必要がありますね。
「イエティ」とは、主にネパールのソル・クーンブ(ཤར་ཁུམས་བུ་ shar khums bu)地方での呼び名です。住民シェルパ(ཤར་པ་ shar pa)はチベット系民族で、その言葉シェルパ語(ཤར་པའི་སྐད་ shar pa'i skad)は当然チベット語の一方言になります。
ラダック語同様、ウー・ツァン方言とは発音/文法がやや違いますが、基本的にチベット語として解釈できます。
ここでは、主にウー・ツァン方言での発音を示しています。現地で採取された発音と違いが出ている理由は、そこにあります。
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(追記)@2014/04/04
「shar pa(シャルパ)」がなぜ「シェルパ」になるのでしょうか。例によって英語風の発音が悪さをしている模様です。
英語の「share」はなんと読みますか?「シェア」ですね。
英語話者は「shar pa」という字面を見て「シェアパ」と発音し、それが「Sherpa」という綴りに化けたのでしょう。で、日本に入ってきた時に「シェルパ」になった、とまあこんなところでしょうか。
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