2017年8月11日金曜日

富山・長野チベット巡礼 (3g) 利賀・瞑想の郷-その8

最後は(5)胎蔵曼荼羅


トラチャン+田中(1997), p.14

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真言密教では、胎蔵曼荼羅+金剛界曼荼羅で両界曼荼羅として重要視されますが、実はチベット仏教では、胎蔵曼荼羅の作例は非常にまれ。

『大日経 རྣམ་པར་སྣང་མཛད་ཆེན་པོ་མངོན་པར་རྫོགས་པར་བྱང་ཆུབ་པ་རྣམ་པར་སྤྲུལ་པ་བྱིང་གྱིས་རླབ་པ་ཤིན་ཏུ་རྒྱས་པ་མདོ་སྡེའི་དབང་པའི་རྒྱལ་པོ་ཤེས་བྱ་བའི་ཆོས་ཀྱི་རྣམ་གྲངས། rnam par snang mdzad chen po mngon par rdzogs par byang chub pa rnam par sprul pa bying gyis rlab pa shin tu rgyas pa mdo sde'i dbang pa'i rgyal po shes bya ba'i chos kyi rnam grangs/ महावैरोचनतन्त्र Mahavairocanatantra』は、8世紀にチベットにもたらされ、毘盧遮那如来と八大菩薩を合わせて崇拝する信仰が流行した。吐蕃時代には、この毘盧遮那如来と八大菩薩の図像例がかなりある。

しかし楼閣状に諸尊を配置した、いわゆる曼荼羅の形式では、チベットではほとんど描かれなかった。

私は壁画やタンカでの実物は一度も見たことがない。印刷物でも、知ってるのはせいぜい「ンゴル曼荼羅集」収録のものと、立山博物館所蔵のものくらい。

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そのせいもあり、Shashi Dorjeさんがこの胎蔵曼荼羅を描く際にも不明な点が多く、かなり苦労したという。結局いろいろな経典や資料から「復元した」という形となった。もちろん田中公明先生の研究がもとになっている。

・田中公明 (1982.3) 西蔵の胎蔵曼荼羅について. 日本西蔵学会々報, vol.28, pp.14-16.
https://projects.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=274491&item_no=1&page_id=13&block_id=21
→ 増補改訂 : (1996.8) 第2章 チベットの胎蔵曼荼羅について. 『インド チベット曼荼羅の研究』所収. pp.46-65. 法藏館, 京都.
・田中公明 (2003.3) チベットにおける胎蔵大日如来と胎蔵曼荼羅の伝承と作例について. 頼富本宏・編 『聖なるものの形と場』(国際シンポジウム18, 2001)所収. pp.39-54. 国際日本文化研究センター, 京都.
→ 再録 : 頼富本宏・編 (2004.3) 『聖なるものの形と場』. 法藏館, 京都.
http://publications.nichibun.ac.jp/region/d/NSH/series/kosh/2003-03-31/s001/s009/pdf/article.pdf

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この曼荼羅を復元するにあたって、あちこちから作例も集めたらしいが、一致しない点がかなりあるらしい。チベットではあまり描かれる機会もなかったので仕方ないが。

瞑想の郷で、アムドから取り寄せた胎蔵曼荼羅(新作)も見せてもらった。概略らしく、かなりシンプルな構成だった。いちいち比較していないので、展示されているものとの違いはわからないが、ラブラン・ゴンパ周辺では、今も胎蔵曼荼羅の伝統が残っていることがわかって面白い。

最近では、ここの胎蔵曼荼羅が基準になってしまったらしく、新しい作例はみなこの曼荼羅の影響を受けているという。進化におけるボトルネック効果ですな。

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そういうわけで、胎蔵曼荼羅についてはよく知らないので、ごく簡単に紹介。

本尊は金剛界曼荼羅と同じく毘盧遮那如来 རྣམ་པར་སྣང་མཛད་ rnam par snang mdzad वैरोचन Vairocana。一面ニ臂。色はここでは黄色だ。中台八葉に囲まれます。この辺は真言密教と同じですが、中台八葉には何も描かれません。

胎蔵曼荼羅では、金剛界曼荼羅とは方角が違っている。

上=東、右=南、下=西、左=北

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初重(内側)-本尊・毘盧遮那如来とその脇侍に相当する金剛手菩薩と観世音菩薩、という三尊形式から発達した曼荼羅らしい構成。

(東)遍知院-一切遍知印(ཆོས་འབྱུང་ chos 'byung धर्मोदय Dharmodaya、一切諸仏の印)が描かれる。真言密教では頂点が上向き(上求菩提)だが、チベット密教では下向き(下化衆生)。この辺の違いは面白い。この部分は空白が多く、「余白恐怖症」の図像を見慣れた目には、少し居心地悪く感じる。

(南)金剛手院-金剛手菩薩 ཕྱག་ན་རྡོ་རྗེ་ phyag na rdo rje(持金剛 རྡོ་རྗེ་འཆང་ rdo rje 'chang)とその眷属
(西)持明院-金剛手院からはみ出た執金剛神十二尊。この辺もバランス悪く感じる。
(北)蓮華部院-観世音菩薩 སྤྱན་རས་གཟིགས་ spyan ras gzigsとその眷属

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二重

(東)釈迦院-釈迦如来 ཤ་ཀྱ་ཐུབ་པ་ sha kya thub paとその眷属
(南・西・北)外金剛部院-天部の諸神(もともとバラモン教/ヒンドゥ教の諸神)

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三重(外側)-八大菩薩から四尊。

(東)文殊院-文殊菩薩 འཇམ་དབྱངས་ 'jam dbyangsとその眷属
(南)除蓋障院-除蓋障菩薩 སྒྲིབ་པ་རྣམ་པར་སེལ་བ་ sgrib pa rnam par sel baとその眷属
(西)虚空蔵院-虚空蔵菩薩 ནམ་མཁའི་སྙིང་པོ་ nam mkha'i snying poとその眷属
(北)地蔵院-地蔵菩薩 སའི་སྙིང་པོ་ sa'i snying poとその眷属

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八大菩薩のうち、弥勒菩薩と普賢菩薩だけ現れないが、本来中台八葉に描かれているはず。この辺、チベット版はバランス悪いような気がする。今では比較的馴染みの薄い、除蓋障、虚空蔵、地蔵の諸菩薩が大きく取り上げられているのが面白いところだ。

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チベット密教の曼荼羅は、プトゥンの分類では、

(1)所作タントラの曼荼羅-如来・菩薩などの曼荼羅
(2)行タントラの曼荼羅-胎蔵曼荼羅
(3)瑜伽タントラの曼荼羅-金剛界曼荼羅、悪趣清淨曼荼羅、降三世曼荼羅など
(4)無上瑜伽タントラの曼荼羅-秘密集会曼荼羅、サンヴァラ曼荼羅、ヘーヴァジラ曼荼羅、カーラチャクラ曼荼羅など

に分けられ、この順に発達してきたと考えられている。

非常に整然とした金剛界曼荼羅(とその発展形)に比べると、胎蔵界曼荼羅は対称性をあまり気にしていないので、曼荼羅としての完成度は低いと感じるかもしれない。

しかし、これもまた観想儀式に利用するための実用品なのだ。儀式に都合がいいように諸尊が配置されているはずだ。見た目は大きな問題ではない。

陣内などはややシンプルなデザインで、金剛界曼荼羅にくらべると少し落ち着いた雰囲気を持つ曼荼羅である。

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富山県立山町にある立山博物館には、珍しいチベットの胎蔵曼荼羅が所蔵されているらしいのだが、常設で展示されているのやら、今もあるのやら、調べてもあまり資料が出てこない。素晴らしい曼荼羅らしいので、一度見たいものだ。

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チベット密教の曼荼羅の判別やその諸尊を調べるには、私は主に以下の資料を使っています。

(1) 田中公明 (1987.8) 『曼荼羅イコノロジー』. 315pp. 平河出版社, 東京.

ほとんどはこれで足りる。日本語によるチベット密教曼荼羅の基礎文献です。ホント役に立ちます。

シャトチャクラヴァルティン曼荼羅とか悪趣清浄金剛薩埵輪転王曼荼羅まで載っているので、現場でこれらマイナー曼荼羅を見つけた時も、おかげで判別できた。

(2) bSod nams rgya mstho+Musashi Tachikawa et al. (1989 & 91) THE NGOR MANDALAS OF TIBET (2 vols.)(Bibliotheca codicum Asiaticorum 2+4). xxxv+149pp. & xiv+245pp. Centre for East Asian Cultural Studies(ユネスコ東アジア文化研究センター), Tokyo. 

これは、サキャパ・ンゴルパの総本山ンゴル・ゴンパに伝わる曼荼羅群を集成したもの。英文、白黒。139点の曼荼羅を収録。

その原版となった

・ソナム・ギャムツォ (1983.12) 『西蔵曼荼羅集成』. 139pp. 講談社, 東京.

があまりに巨大(50cm四方)で扱いにくいため、簡略版として出版されたもの。前述のチベット胎蔵曼荼羅も収録。原版はカラーなのだが、縮刷版は白黒なのがちょっと残念。

(3) Raghu Vira+Lokesh Chandra(ed.) (1995) TIBETAN MANDALAS : VAJRAVALI AND TANTRA-SAMUCCAYA(Sata-pitaka Series, vol. 383). 270pp. International Academy of Indian Culture/Aditya Prakashan, New Delhi.

こちらは158点の曼荼羅を収録。

(2)(3)は、所作タントラの曼荼羅も豊富なので、シンプルな曼荼羅を調べる際にも使いでがある。

(1)~(3)を調べても出てこないような曼荼羅はまずない。とはいえ、あちこち調べていくと、そういう謎の曼荼羅にも出くわすんだからたまらん。今後の課題ですな。

(4)立川武蔵+正木晃・編 (1997.3) 『チベット仏教図像研究 ペンコルチューデ仏塔』(国立民族学博物館研究報告別冊, no.18). 379pp. 国立民族学博物館, 吹田(大阪).

ギャンツェのパンコル・チョルテンに描かれている曼荼羅集。

第5層(覆鉢)-瑜伽タントラ(金剛頂経系)
第6層(平頭)-無上瑜伽タントラのうち父タントラ(秘密集会系)
第7層(相輪下層)-無上瑜伽タントラのうち母タントラ(サンヴァラ系、ヘーヴァジラ系)

が描かれている。第5層では、ここでしか見られない珍しい曼荼羅が多く興味深い。

(5) Tenzin Namdak+Yasuhiko Nagano+Musashi Tachikawa (ed.) (2000) MANDALAS OF THE BON RELIGION : TRITAN NORBUTSE COLLECTION, KATHMANDU(Senri Ethnological Reports, no.12/Bon studies, no.1). xxxix+131pp. National Museum of Ethnology(国立民族学博物館), Osaka.

これは、これまでと文脈が変わって、ボン教の曼荼羅集である。チベット密教の曼荼羅に比べると、シンプルかつ抽象的なものが多い。尊像が描かれることがないのも特徴。

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なお、空想の館には、ネパール産の曼荼羅タンカが販売されているが、どれもTamang Mandalaであった。Kathmanduの土産物屋でよく見るやつですな。

Tamang Mandalaは、一応仏様が描いてあるものの、経典とは全く関係ないTamang人絵師によるオリジナル・デザイン。宗教的には何の意味もない単なる工芸品なので、購入の際にはそのつもりで。

奇抜なデザインが多く、ちょっとおもしろくはある。Tamang Mandalaもすでに歴史が長くなっているので、一度誰かまとめてほしいものだ。

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これで瞑想の郷に収蔵されている仏画・曼荼羅をひと通り見たわけだが、とにかく情報量が多いのが特徴。説明するだけでも、これだけ時間と手間がかかる。

通常の美術品の見方とは全く違った見方をする必要があることが、わかっていただけただろうか。

観覧するのに、隅々まで理解する必要はないけれど、知っていて観覧したほうが面白いのは間違いない。

一度見てから、チベット仏教図像学を勉強し、そして時間を置いてから再度観覧するのもいいだろう。前には見えなかったものが、そこで見えてくるはず。楽しいですよ。

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もう1回、街道沿いにあった建物を紹介。

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