ここ最近、「新アジア仏教史シリーズ」(佼成出版社)を延々読んでいるのですが、
・林行夫・編集協力 (2011.1) 『静と動の仏教』(新アジア仏教史04 スリランカ・東南アジア). 525pp.+map. 佼成出版社, 東京.
装幀 : 間村純一, 撮影 : 田村仁
が驚きでした。
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この巻は、上座部仏教世界、すなわちスリランカ、東南アジア諸国(ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア)、それと雲南省南部を扱っています。
上座部仏教史はこれまで勉強したことがなかったので、先般の横浜ユーラシア文化館「タイ・山の民」展もあったことだし、ちょうどいい機会、ということで読んでいたわけです。
上座部仏教における各国の状況と影響関係が、詳しく記述されています。これまで漠然としかイメージをつかんでいなかったんですが、各国の上座部仏教世界での時空的な位置づけがかなり頭に入った。まさにこれは「仏教史」の本ですね。
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その中でも驚いた論考がこれ。
・片岡樹 (2011.1) 第8章 仏教、民俗宗教、少数民族. 『静と動の仏教』(新アジア仏教史04 スリランカ・東南アジア)所収. pp.383-413. 佼成出版社, 東京.
これは上座部仏教世界の辺境・中国雲南省~タイ北部の少数民族における仏教を取り上げた論考です。
といっても西双版納のタイ族の上座部仏教ではありません。この本では第7章で別途取り上げられています。
対象はなんとラフ(拉祜族)及びカレンの仏教です。
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これまでラフのことを「仏教徒」という切り口で見たことがなかったので、この論考に書かれていることは「目からうろこ」の連続。
18~20世紀ラフ族で巻き起こった、仏教化と仏教小国家興亡と蜂起の数々。年代順に整理してみよう。
(01)18C(雲南)-「緬(ミャンマー)僧(実はタイ系民族の僧)」を崇拝するラフが挙兵し清朝官憲と衝突。
(02)18C(雲南西南部・孟連)-上座部仏教僧侶中心の宗教反乱+ビルマ側ラフ兵の支援。
(03)19C初(雲南)-南柵仏・張輔国(漢人僧)が54カ村を支配し、ラフの半独立国家を樹立。最終的には清朝の軍事介入により滅亡。
(04)19C半ば(雲南西南部・ラフ地区)-漢人僧・王仏爺が崇拝を集める。超能力を持つと信じられ、伝説が多い。
(05)19C後半(雲南西南部・西盟)-三仏祖(西盟仏)(?~1888)が周辺諸民族を教化。死後、ラフ仏教教団は清朝により解体・弾圧される。
(06)1891(雲南西南部)-ラフ仏教徒の残党集団・五仏房夷の一斉蜂起。半年ほどで鎮圧。残党はビルマ国境でゲリラ戦。
(07)1903(雲南西南部・双江)-清朝に討伐されたラフ首領の遺児が「仙人」とともに挙兵。一時はタイ族領主(土司)を追放。
(08)1918(雲南西南部)-「主子(至高神グシャ)出現」の噂に基づき、「仙人」(07仙人とは別)の煽動による大反乱。民国政府行政官は引き上げ、無政府状態となる。
(09)1918頃?(ビルマ東部)-「イエス・キリスト降臨」の噂が広まる。
(10)1930年代(ビルマ東部・ムンサート)-マヘグシャ崇拝運動が反英反乱に発展。英軍により鎮圧される。
(11)1950~70年代(ビルマ)-モナグシャ(モナトボ/プチョン・ロン)が指導するラフの反政府活動。タイ側からのラフも参加。モナグシャの死後は、長男チャウが継ぐか、単なる麻薬軍閥化。
(12)1980年代(タイ最北部)-チャヌパヤが「モナグシャの再来」として、ラフの崇拝を集める。1989チャヌパヤはキリスト教に改宗。
(13)1990年代半ば(タイ最北部~ビルマ東部)-タイ系上座部仏教僧ブンチュム師が、予言者オパチャクの指導により、「モナグシャの再来」として、ラフの崇拝を集める。
こういった聖者崇拝が卓越した形、あるいは精霊信仰が変形した形での、ラフの仏教流行と反乱については、はじめて聞く話ばかりで、驚きっぱなしだ。
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本論考では、次にタイ北西部のカレンの仏教について述べる。これも、これまでカレンを「仏教徒」としてみたことがなかったので、驚くことばかりでした。
(14)19C前半(タイ北西部)-ユワ運動。至高神ユワがカレンに与えたはずだが失われた、とする神話上の「黄金の本」を「白い弟」が持ち帰り、それと共にユワも帰還し、未来仏が出現すると信じられた。1920年代、「白い弟」=白人宣教師と解され、カレンの間にキリスト教改宗が進む。
(15)19C(下ビルマ~タイ)-テコラン運動。ユワ運動と同様の「黄金の本」回復+未来仏出現カルト。隠遁僧が指導者となり、1960年代にはその七代目指導者。
(16)20C(タイ北部)-シーウィチャイ師がカレンの崇拝を集める。
(17)20C後半(タイ北部)-僧籍を剥奪された元僧侶が「白衣の聖者」としてカレンの崇拝を集める。
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上座部仏教に漢人の大乗仏教、そして聖者信仰、精霊信仰、土着の神話、さらにはキリスト教まで。
まさにsyncretism(宗教混淆)の極みだが、考えてみれば他の宗教の影響が皆無の宗教など存在しないのだ。日本に伝わった仏教にも、インド土着の信仰、中国の儒教、日本の民間信仰などが色濃く入り込み、日本独特の仏教風土が形成されている。
どの地域でも似たようなものだが、いずれの地域も「自分のとこの仏教が正統仏教」と主張するところがおもしろい。
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とにかくこれまで全く知らなかったラフ仏教の歴史に加え、色々な宗教・信仰が雨あられのように次々と降り注ぎ、もう読んでいてめまいがするほど。
著者の片岡先生は、ラフ民族誌、特にキリスト教の関係について研究されている方だが、このように仏教も視界に入れることで、とても深みのある論考が出現してしまった。どえらくエキサイティングな論考でした。
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(追記)@2017/09/09
上記論考の関連論文がweb上にありました。
・片岡樹 (2015.7) 山地からみたブンチュム崇拝現象 ラフの事例.東南アジア研究, vol.53, no.1, pp.100-136.
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/201484/1/jjsas_53%281%29_100.pdf
・片岡樹 (2014.3) 山地民ラフから見た東南アジアの王と国家. FIELDPLUS, no.11, pp.4-5.
http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/78063/1/field-11_p04-05_kai.pdf
・片岡樹 (2011.3) 跨境民・ラフ族. 中国21, no.34, pp.225-242.
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=7382&item_no=1&page_id=13&block_id=17
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