何度か登場している西義郎先生のチベット語方言論文ですが、これを収録した『チベットの言語と文化』が出版されたのは1987年。もう22年前のことです。
この本は専門書であり、記念論文集という性格上高価な上に(注1)おそらく発行部数も少なく、大きな図書館以外で一般人の目にとまる機会はまずないでしょう。
チベットの文化を総覧した本というのはたくさんありますが、単独著作ではどうしてもその方の専門に片寄りがちで、各方面隅々にまでは目が行き届かないものです。チベットの文化というのは、それだけ豊かで複雑な証拠でもあるのですが。
チベット文化の諸分野について、『チベットの言語と文化』ほどまとまった内容が一堂に会した論集というのは他に類を見ません。ここは是非どこかにもう少し入手しやすい価格で復刻してもらいたいものです。昨今の慢性的な出版不況ではなかなか難しいかもしれませんが・・・。
その『チベットの言語と文化』の総目次を挙げておきましょう。内容を推測できるよう各論文での章タイトルも入れておきます。これを見て復刊を求める方が増えることを期待して・・・(注2)。
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長野泰彦+立川武蔵・編著 (1987) 『北村甫退官記念論文集 チベットの言語と文化』. pp.439+030. 冬樹社, 東京.
■まえがき・・・・・・・・・・1~4
■目次・・・・・・・・・・5~7
■風土と歴史・・・・・・・・・・9
・栗田靖之/チベットの自然と人・・・・・・・・・・10~43
1.はじめに/2.ヒマラヤとチベット/3.チベットの範囲/4.地理区分/5.行政区分/6.気候/7.チベット族の生活/8.その他の少数民族/9.チベットの経済/10.チベットの工業/11.チベットの牧畜/12.チベットの牧畜/13.チベットの林業/14.チベットの交通
・森安孝夫/中央アジア史の中のチベット吐蕃の世界史的位置付けに向けての展望・・・・・・・・・・44~68
(前言)/1.ソンツェン・ガンポ時代(六世紀末-六四九年在位)/2.マンソン・マンツェン時代(六五〇-六七六年在位)/3.ティ・ドゥーソン時代(六七六-七〇四年在位)/4.ティデ・ツクツェン時代(七〇四-七五六年在位)/5.ティソン・デツェン時代(七五六-七九六年在位)/6.北庭争奪戦後より吐蕃王国滅亡まで(八世紀末-九世紀中葉)
・山口瑞鳳/チベットの歴史・・・・・・・・・・69~106
1.古代(前史時代/吐蕃王国の成立/唐・吐蕃の戦いと仏教/仏教の興隆と王国の分裂)/2.中世(仏教教団の復興/氏族教団と活仏教団/元朝の支配/明への朝貢)/3.近世(ツォンカパの出世/ゲルク派とカルマ派の抗争/ダライ・ラマ政権の成立/清朝支配の確立/ダライ・ラマ政権の再出発)/4.近代(イギリス・ロシアの干渉/清朝の宗主権工作/ダライ・ラマのインド亡命以後/ダライ・ラマとパンチェン・ラマの対立)/5.現代(新中国による掌握)
■言語・・・・・・・・・・107
・西田龍雄/チベット語の変遷と文字・・・・・・・・・・108~169
1.チベット語の言語-ヤルルン語の発展/2.チベット文字の導入と書写語の成立/3.チベット語方言の成立/4.近隣言語との関係/5.錯那門巴語とチベット語/6.チベット書写語とその発展/7.チベット語綴字の改訂-第一次から第三次まで/8.第二次釐定の具体例-音韻変化の反映/9.チベット口語の発展/10.チベット語方言が伝承する古形態/11.現代アムド方言の性格/12.九世紀チベット語の実態/13.チベット語歴史研究の視点-三つの視点/14.チベット語母音体系の推移/15.チベット語における声調体系の成立/16.チベット語の構造変化/17.構造変化のモデル/18.動詞句における人称指示法の発達/19.チベット人の見方「能所関係」など/20.チベット文字の起源と分布/21.チベット文字の基本字形/22.チベット文字の組み合せ様式/23.古い書写法-若干の例/24.句読点のいろいろ/25.古い句読点-若干の例/26.字体と書体
・西義郎/チベット語の方言・・・・・・・・・・170~203
1.チベット語方言研究の現状/2.チベット語とチベット方言/3.チベット語方言分布と分類
・長野泰彦/現代チベット語の文法的特徴・・・・・・・・・・204~247
(前言)/1.音論/2.文法のスケッチ/3.能格現象-他動詞文の動作者を示す助詞 -gi をめぐって
■宗教・・・・・・・・・・249
・松本史朗/チベット仏教の教理と歴史・・・・・・・・・・250~276
1.チベットへの仏教初伝/2.仏教の本格的導入/3.サムイェーの宗論/4.仏教王国の爛熟と崩壊/5.教団の再興とアティーシャの活躍/6.カダム派/7.サキャ派/8.カギュ派/9.その他の宗派とプトン教学/10.ツォンカパの教学/11.ゲルク派の発展
・御牧克己/チベット語仏典概観・・・・・・・・・・277~314
1.はじめに/2.大蔵経と蔵外文献/3.チベット大蔵経/4.敦煌出土チベット文書/5.チベット蔵外文献/6.教科書及び哲学書
・沖本克己/敦煌発見のチベット語仏教文献・・・・・・・・・・315~335
1.はじめに/2.敦煌をめぐる外況/3.敦煌発見のチベット語仏教文献の内容/4.おわりに
・立川武蔵/仏教図像・・・・・・・・・・336~367
1.パンテオンと図像/2.仏教タントリズムの「神々」/3.チベット仏教の図像集/4.チベット仏教の「神々」の分類/5.チベット仏教の「神々」
・サムテン・G・カルメイ・著、前田緑・訳/ポン教・・・・・・・・・・364~388
(1.ウルモ・ルンリン/2.シェンラブ・ミポ/3.八世紀のポン教迫害とその後の発展)-(注3)
■学藝・・・・・・・・・・389
・西岡祖秀/チベットの医学文献紹介・・・・・・・・・・390~407
1.はじめに/2.チベット医学の起源/3.根本聖典としての『四部医典』/4.二大学派の成立/5.敦煌文献中の医学文献
・金子英一/ケサル叙事詩・・・・・・・・・・408~427
1.はじめに/2.叙事詩の梗概/3.叙事詩の成立/4.叙事詩の宗教と習俗
・藤井知昭/聖と俗のはざまチベットの音楽とその周辺・・・・・・・・・・428~439
1.はじめに/2.宗教音楽/3.世俗の音楽(民謡/芸能)
■西岡祖秀+原田覚・構成/レファランス・・・・・・・・・・逆001~逆030
索引/1.読書案内/2.辞書紹介/3.大ラマ世代表/4.年表/5.吐蕃期のチベット(地図)/6.チベット主要都市・主要寺院(地図)/7.チベット概念図(地図)/8.中国内のチベット文化域における森林・草原分布模式図/9.参考文献
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このうち、「言語」の章が本書のメインにあたりますが、その内容は増補された上、現在、
・長野泰彦ほか(2000) チベット語. 亀井孝ほか・編著 (2000)『言語学大辞典 第2巻 世界言語編(中)』所収. pp.746-790. 三省堂, 東京.
・長野泰彦 (2001) チベット文字. 河野六郎ほか・編著 (2001)『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』所収. pp.595-601. 三省堂, 東京.
に発展しています。
例の西先生の方言論文も、「チベット語」の中に「V. チベット語現代諸方言」として収録されているので、こちらに当たるのが同論文の内容を知る一番手っ取り早い方法(注4)。
この(まさに)「大」辞典を、個人で所有している人は少ないでしょうが、市区町村の図書館でもだいたい所蔵されていますから、内容に触れることはさほど難しくないでしょう。
歴史、仏教の各章の内容についても、類書がわりにありますから、似たような内容を知ることはそう難しくないかも知れません。
しかし、森安「中央アジア史の中のチベット」(注5)、サムテン・カルメイ「ポン教」、金子「ケサル叙事詩」あたりは、他に類書がないだけに、なんらかの形での復活が熱望されます。
丸ごと復刻が無理ならば、これら単独論文を抜き出して、昨今はやりのブックレット形式で出すのはどうでしょう?新書でもいいんですが、週刊誌の特集記事を水で薄めたようなものばかり出している、昨今のお寒い状況では無理でしょうかね。
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(注1)
1987年の発行当時の定価が6000円。「日本の古本屋」で調べたところ、古書相場は7000~12000円。思ったより値上がりしていませんね。
(注2)
・復刊ドットコム > チベットの言語と文化
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=42395
では、さっき私も入れてきて2009/03/06現在3票。100票には遠いですなあ。
(注3)
「サムテン・カルメイ/ポン教」には章区分がないが、内容はほぼ
・Samten Karmay (1975) A General Introduction to the History and Doctrine of Bon. Memoirs of the Research Department of the Toyo Bunko, no.33, pp.171-218. → Reprinted IN Samten Karmay(1998) THE ARROW AND THE SPINDLE. pp.104-156. Mandala Book Point, Kathmandu.
の1~3章の簡略版とみられるので、上記論文の1~3章タイトル和訳を附した。参考までに上記論文の全章タイトルもあげておく。
1. 'Ol-mo-lung-ring/2. gShen-rab Mi-bo/3. The Persecution of Bon in the eighth century A.D. and subsequent developments/4. The Bonpo Canon/5. The Origin of the World/6. The Bonpo Pantheon/7. The Bonpo Rituals/8. Marriage Ritual/9. rDzogs chen
(注4)
その西・方言論文の発展をまとめておくと、
・西義郎 (1987a) 現代チベット語方言の分類. 国立民族学博物館研究報告, vol.11, no.4[1987/3], pp.837-901+pl.1.
・西義郎 (1987b) チベット語の方言. 長野泰彦+立川武蔵・編著(1987) 『北村甫退官記念論文集 チベットの言語と文化』所収. p.170-203. 冬樹社, 東京.
・西義郎 (2000) チベット語現代諸方言. 亀井孝ほか・編著 (2000) 『言語学大辞典 第2巻 世界言語編(中)』所収. pp.783-789. 三省堂, 東京.
と3バージョンあることになります(英文論文などもあるのかもしれませんが、今のところ知りません)。
(注5)
同論文の原版に当たり、より詳細な内容を含んだ
・森安孝夫 (1983) 吐蕃の中央アジア進出. 金沢大学文学部論集 史学科篇, no.4[1983/11], pp.1-85.
の復刻ならばなおよい。この論文への評価は低すぎると思う(一般に知られていなさすぎる)。
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