前回の「トンドゥプ・ツェリン"氏"」問題の続きとして書いたものですが、長くなったので独立させました。
現代のチベット系人名には、通常「姓(氏)」に類する家系を示す要素は入らず(注1)、よって敬称のつもりでも「氏」をつけるのはおかしくないか?というのが前回したお話。
しかし世の中にはさらにおかしな表記が出回っていまして、こちらは問題ですらあります。新聞やウェブサイトでよく見かけるその珍妙な表記は「○○・リンポチェ氏」。
リンポチェ(rin po che)とは、rin(価値)+po(形容詞を表す語尾)+che(大きな)と分解でき、物に対する場合は「宝珠」、人に対する場合は「高貴なるお方」を意味します。通常は仏教(ボン教でも)において、尊敬されるべき宗教者に対して送られる尊称です。対象は出家者でも在家の行者でもかまいません。
これは法名(注2)でもなく尊称ですから、それに「氏」をつけるのは変もいいところ。いうなれば「弘法大師氏」と呼んでいるようなもので、これならおかしいことが理解できるでしょう。「○○・リンポチェ」と呼ぶだけで充分尊称になっているのですから、あとには「さん」も余計だし、「氏」ではかえって誤り。
「○○・リンポチェ氏」と書いた後、「リンポチェ」が姓(氏)だと思いこみ、○○を省略し「リンポチェ氏」を繰り返すと恥の上塗りです。これでは固有名詞として全く意味をなさず、いくらなんでもひどすぎます。「リンポチェ」の用法くらい調べた上で記事を書いていただきたいものです。
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ボン教研究者のSamten Gyaltsen Karmay(bsam gtan rgyal mtshan mkhar smad)さんの場合、フランスに帰化しKarmayを姓として名乗っているらしい。この場合は堂々と「カルメイ氏」という表記が可能(「y」は例によって欧米人が発音しやすいようにつけた余計な「y」だから「カルメー」という表記の方がいいかも)。(追記参照)
同じように日本に帰化したPema Gyalpo(padma rgyal po)さんの場合も今は「ペマ・ギャルポ氏」で問題なし。でも、姓はペマ?ギャルポ?それともなにか氏族名を戸籍上の姓に使っているんでしょうか?
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(注1)
チベット人の名前一般については下記サイトをご参照あれ。
・カンツォ・著、星泉・訳 : チベット人の名前
ホシイズミ博士のチベット語研究室 > チベット文化のページ > チベット人の名前
http://www3.aa.tufs.ac.jp/~hoshi/bunka/name/name.html
(注2)
例えば、チベット亡命政府主席大臣(bka' blon khri pa)はサムドン・リンポチェ(zam gdong rin po che)だが、この名は尊称。法名はロサン・テンジン(blo bzang bstan 'dzin)である。
「サムドン・リンポチェ師」という表記はありのようだが、ちょっと落ち着きが悪いような気もする・・・。「ロサン・テンジン師」、これなら問題なし。
ついでなので、サムドン・リンポチェの経歴はこちらをどうぞ。
・International Congress on Buddhist Women's Role in the Sangha Bhiksuni Vinaya and Ordination Lineages > Biography of Prof. Samdhong Rinpoche
http://www.congress-on-buddhist-women.org/index.php?id=112
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(追記)@2014/06/01
Samten Gyaltsen Karmayさんのチベット語表記をbsam gtan rgyal mtshan mkhar smadとしましたが、Karmayはmkhar smadではなく、どうやらmkhar rme'uらしいことが判明しました。
この話については作業中なので、完成・アップしたらお知らせします。
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