2017年1月18日水曜日

モンゴル帝国歴史小説とモンゴル史研究者 (3) 『チンギス・ハン 世界を創った男』

・堺屋太一 (2007.7-.12) 『チンギス・ハン 世界を創った男 1-4』. 日本経済新聞出版社, 東京.
← 初出 : (2006.2-07.8) 日本経済新聞.
→ 再発 : (2011.8-.10) 『世界を創った男 チンギス・ハン 上・中・下』(日経ビジネス人文庫). 日本経済新聞出版社, 東京.


カバーイラストレーション : 横山明
ブックデザイン : 鈴木成一デザイン室+西山真紀子(albireo)
(日経ビジネス人文庫版)

カバー絵は、モンゴルというより、なんかスキタイみたい。

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チンギス・ハーンを取り上げた小説は、

・井上靖 (1960.10) 『蒼き狼』. 文藝春秋新社, 東京.
← 初出 : (1959.10-60.7) 文藝春秋.
→ 再発 : (1964.6) (新潮文庫). 新潮社, 東京./(1970.7) (旺文社文庫). 旺文社, 東京./(1996.4) 『天平の甍 海峡 敦煌 蒼き狼』(井上靖全集 12). 新潮社, 東京. ほか多数














カバー : 平山郁夫
(新潮文庫版)

をはじめ、枚挙にいとまがないが、『元朝秘史』をなぞるのが精一杯で、そこから一歩も出ない作品が多い。チンギス・ハーンの若き日に関する史料というのは『元朝秘史』しかないわけで、それに依存するのは仕方ない。だが、そこにどれだけオリジナリティを付加できるかが、小説家の腕の見せどころ。

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『蒼き狼』は、テムジン、ジョチの2代に渡る「俺は父親の血を受け継いでいないのではないか?」という葛藤が横糸となり、縦糸で流れるモンゴル勃興期の物語を奥深いものにしていた。

意図的に質実剛健に徹した文体といい、素晴らしい作品。若いうちに読んでおくべき必読書ですよ。まだ読んでない人は是非どうぞ。

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で、「堺屋チンギス」ですが、私は日経を読むような人ではないので、読んだのは単行本になってからでした。そもそも堺屋小説というもの自体読んだことがない。

堺屋先生は元・通産省官僚で、作家になった後も1998~2000年には経済企画庁長官を務めるなど、経済界の重鎮でもあります。歴史小説の中でも組織論や経済について語るなど、半分ビジネス書扱いされるような作品が多い。私はビジネス書・経済書のようなものも興味がないので、堺屋小説とはそれまで全く無縁でした。

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当然「モンゴル史ものだから一応読んでおくか」と、あまり期待しないで読み始めました。

最初は若き日のテムジン。当然『元朝秘史』に沿って、おなじみのストーリーが展開されます。どうということはない。

しかし、モンゴル語の用語や地名がやたらと充実しているのが気になった。そこで「モンゴル関係に強い協力者がいるな」と気がつきました。

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1巻を読み終わり、巻末の解説や注釈を見てびっくり。系図、地図、年表の充実ぶりたるやただごとではない。周辺の情勢や社会構造などにも目が行き届き、小説家だけでできる仕事ではない、モンゴル史に相当詳しい人、おそらく研究者が協力している、とまでわかりました。

『元朝秘史』だけでなく、『集史』や『聖武親征録』にも言及があり、研究者が深く関与しているのは確実となります。

協力○○とはっきり書かれていないので、誰だろう?といぶかしりながら、先を読み進めました。

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部族についてや移動・戦の場所についての言及が詳しく、どういう素性の誰、場所は具体的にどこ、というイメージをはっきり持って記述していることがわかり、すごく気持ちいい。記述がぼやけていないのだ。

テムジン=チンギス・ハーンがモンゴルを統一し、戦線が拡大してくると、金国やナイマン、またその彼方の情勢が詳しく語られる。広く歴史の大勢や政治情勢を把握していないと訳がわからなくなるところだが、それもしっかり押さえている。

モンゴル帝国の組織図なんてのまで出てきて、小説らしからぬ体裁が強まる。「こんなの必要か?」っていうくらい系図も一層詳しくなって来ました。この辺で「もしかするとあの先生か?」と目星がついてきたのですが・・・。

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耶律楚材も登場しますが、

「その方何ができる」
「さらば私、行政の方に通じ、詩作文書を能くし、占卜の術にも秀でております」
同書文庫版・下p.264

というわけで、どっちかというと杉山説を採用して、ハーン付きの占卜師という扱いになりました。

むしろ耶律阿海の方が登場回数が多く、こちらも杉山説を採用しているらしい。

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ホラズム遠征になると、歴史研究書・論文でも見たことないような詳細な経路図が出てきて、またもや驚かされる。ホラズム帝国年表まである。この辺まで来ると、協力している研究者が注釈を半ば乗っ取ったような格好になっている。

やり過ぎと感じる人も多いかもしれないが、これくらいやり過ぎたほうが歴史好きには断然面白い。大賛成です。

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西夏を占領したところでチンギス・ハーンが崩御。この小説もここであっさり終わりとなりました。

しかし予想を大きく裏切り、私にとっては大変楽しめた小説になりました。もっとも、それは小説の評価とは何か別のもののような気がしますが・・・。まあそれはどうでもいい。

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単行本の段階では、協力していた研究者が誰かはわからなかったのですが、文庫版のあとがきでようやくそれが明かされました。

本書の執筆に当たっては赤坂恒明氏の全面的な協力を得た。
同書・下・文庫版 p.466

やっぱり赤坂先生かあ~、ですね、感想は。系図がやたらと充実しているのに気づいたあたりで、もしかして・・・と思っていましたが、そういうことでしたか。考証がやたらとしっかりしているのも納得です。

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赤坂先生は一般書にはあまり登場しないので、モンゴル史研究者やモンゴル史好きにしか名前が売れていませんが、注目のモンゴル史研究者です。

・赤坂恒明のページ(開設 : 1997.12.22)
http://www.geocities.jp/akasakatsuneaki/akasaka.html

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・洋泉社 > 【ここまでわかった】戦国時代の天皇と公家衆たち(出版年月日2015/12/04)
http://www.yosensha.co.jp/book/b213586.html

によれば、

赤坂恒明 あかさか・つねあき
一九六八年千葉生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程退学。
現在、内蒙古大学蒙古学研究中心専職研究員・東海大学等非常勤講師。

だそうです。最近はモンゴル史だけではなく、日本史の分野でも活躍されているようですね。

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著作には、

・赤坂恒明 (2005.2) 『ジュチ裔諸政権史の研究』. ii+548+191pp. 風間書房, 東京.

があります。これがものすごい!

最近、世界史概説書(山川のとか『中央ユーラシアを知る事典』など)でジョチ家の系図がやたらと詳しくなったと思いませんか?ジョチ家主流だけじゃなく、その後継のアストラハン・ハーン家、カザン・ハーン家、カシモフ・ハーン家、クリミア・ハーン家や中央アジアのウズベク三ハーン国、カザフ・大中小ユズ、シビル・ハーン家まで、それまで漠然としか把握できていなかった巨大な系図が一目瞭然となっています。

これ、全部赤坂先生の仕事です。私もチンギス家の系図を作るのにかなり参考にさせていただきました。

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当初はジョチ家の系譜を追うことをテーマに研究をされていましたが、それは上記学術書の出版で一段落したようで、最近はモンゴル史を広く研究され、日本近世史の分野でも活躍されています。

赤坂先生の単著ではないので目立ちませんが、近著の、

・ボルジギン・ブレンサイン・編著, 赤坂恒明・編集協力 (2015.7) 『内モンゴルを知るための60章』(エリア・スタディーズ 135). 424pp. 明石書店, 東京.
・小松久男・編著 (2016.8) 『テュルクを知るための61章』(エリア・スタディーズ 148). 384pp. 明石書店, 東京.

もすごかった。驚いた。

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『内モンゴル・・・』では編集協力となっていますが、実質赤坂先生が編者でしょう。しかし内モンゴル人の研究者が続々と育ってきているのは間違いなく、それはうれしくも驚きでした。

同書では赤坂先生の執筆担当は、ハラチン部の日本人女性教師、トルグート部、黒竜江省のモンゴル人、新疆のモンゴル人(トゥバ人)、エベンキ/オロチョンなど。大筋は内モンゴル人研究者に任せ、手薄な項目を赤坂先生が埋めたという感じ。赤坂先生のモンゴルの隅々まで目が行き届いている実力がよくわかります。

『内モンゴル・・・』については他にも感想があるので、別稿で再論しましょう。とにかくモンゴル好きには必携書ですよ。

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『テュルク・・・』では編者ではありませんが、執筆項目のマニアックさ(学者にとっては当然だが)がものすごい。

テュルクの系譜、トゥバ、チュヴァシ/ガガウス、モンゴル帝国とテュルク、ハンガリーのテュルク学、在日トルコ・タタール、クリムチャク/カライム、南樺太のサハ人、キルギスの後裔、勇利アルバチャコフ(バシキール人)。いやいや、すごいですね。

こちらも必携です。

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これだけの実力者が協力したのですから、堺屋チンギス小説の考証が充実していないはずはないのです。読み応え十分、満足しました。

もっとも考証がしっかりしているからといって、小説の出来自体がいいかどうかはまた別のお話、また売れ行きもしかり。

一応文庫にもなって今も流通しているのだが、日経ビジネス人文庫というビジネス関連書の多いシリーズの中にあるため、どうにも目立たない。小説好きよりも歴史好きの人向きの作品と言えるでしょう。まだ読んでない人は是非。

なお、陳先生の『耶律楚材』や『チンギス・ハーンの一族』は文庫も全集も絶版のまま全滅。古本を、あるいは図書館で探してください。

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