2017年11月13日月曜日

広島大学がンガリーに望遠鏡設置完了

2016年10月5日水曜日 広島大学ンガリー天文台
2017年3月14日火曜日 広島大学ンガリー天文台(続報)

で紹介した、西チベット・ンガリー(阿里地区)の「ガル山(注)」に建設した観測所にようやく望遠鏡が据え付け終わったそうです。

・読売新聞/YOMIURI ONLINE > 科学・IT > 松田祐哉/重力波、チベットから迫る…広島大が望遠鏡設置 (2017年11月12日 14時41分) 
http://www.yomiuri.co.jp/science/20171112-OYT1T50024.html

作業は9月下旬~10月上旬だったそうで、もう気候は相当厳しくなっていると思われます。標高5130mの場所での作業はかなり大変だったでしょう。お疲れ様でした。

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しかし、この観測所に日本人研究者は常駐せず、日本から遠隔操作して観測するんだそうですが、大丈夫かなあ。中国~チベットは何が起きるかわからないので、想定外のトラブルがかなりありそうな気もするんですが・・・。

でも、trouble shootingが突発的に必要になったとしても、近くに飛行場もできているし、うまくいけば日本から1週間以内に現場に到達できるでしょう。冬はどうか知りませんが(笑)。

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何はともあれ、重力波天体の観測というのは、私もとても興味があるテーマなので、是非KAGRAと共に、日本初の重力波とその発信源天体の発見に結びついてほしいものです。

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(注)

観測所の場所は一般的には「ガー山」と呼ばれていますが、私は「ガル山」と呼びます。その理由については、2017年3月14日のpostをお読みください。

2017年10月25日水曜日

いまだに「ラマ教」/道教タントラ

・菅野博史・編集協力 (2010.9) 『中国文化としての仏教』(新アジア仏教史08 中国III 宋元明清). 413pp. 佼成出版社, 東京.


装幀 : 間村俊一

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この巻は、もはや中国仏教が完成の域に達し、現在に至る「ほぼ停滞」の時代を記述しています。

その反対に元・明・清と、漢土に勢力を拡大してきたのがチベット仏教。なんかこの本では、渋々取り上げてる感がありあり。

さすがに「ヒンドゥ教と混交した、もはや仏教とは言えない淫祠邪教」といった論調は見なくなったが、「ラマ教」という時代錯誤の表現は、この本にもバンバン出てくる。まあこれが中国仏教研究者の本音なんでしょうね。

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・陳継東 (2010.9) 第3章 仏教民間信仰の諸相. 『中国文化としての仏教』(新アジア仏教史08 中国III 宋元明清)所収. pp.149-183. 佼成出版社, 東京.

がおもしろい。宗派発展史・教義研究中心の中国仏教史ではこぼれ落ちた諸相がいろいろわかる。このへんはさすが中国人研究者の仕事だ。

漢土の四大霊山である

文殊菩薩の聖地・五台山
普賢菩薩の聖地・峨眉山
地蔵菩薩の聖地・九華山
観音菩薩の聖地・普陀山

の由来と沿革を知ることができたのはよかった。普陀山の由来が日本人僧というのは、はじめて知ったなあ。

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また、仏教から半ば逸脱して「民間宗教」化した白蓮教とか羅教(無為教)といったところの記述が興味深い。

羅教開祖・羅祖が、悟りに至るまでの右往左往する様は、下手な小説よりもおもしろい。人気も出るわな。

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ところで、この本とは別なんだが、

・岡田英弘 (2003.7) 『やはり奇妙な中国の常識』(ワック文庫). 234pp. ワック出版, 東京.
← 初出 : 岡田英弘 (1997.10) 『中国意外史』(Shinshokan History Book Series). 253pp. 新書館, 東京.


装幀 : 加藤俊二(プラス・アルファ)

におもしろい話があった。道教のタントラ密教だ。

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秘密結社III, 同書pp.59-75.
性, 同書pp.139-152.

あたりで紹介されている性密儀は、どうもタントラ密教とよく似ている。また真言立川流とも似ている。

ところがその源流は、というと2世紀の五斗米道・張陵まで逆上るというのだ。インドのタントラ密教(ヒンドゥ教・仏教を問わず)の始まりである7~8世紀よりずっと早い。

まあ文献として内容が残っているのは、道教版大蔵経である『道蔵』所収「上清黄書過度儀」らしいので、その内容が正確にはいつ頃のものなのかはっきりしないのだが・・・。

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その儀軌が本当に2世紀由来のものであるのならば、インド・タントラ密教の発祥についても、中国道教の影響を考える必要があるのかもしれない。

いろいろ面白いことを考えさせてくれる2冊でした。

2017年10月11日水曜日

ナーランダー寺に、金剛三昧以外に日本人僧がいたか?

金剛三昧についてネット上で調べていると、「ナーランダー寺に日本人僧がいた」という情報が出てくる。

例えば、これ

・YAHOO! JAPAN > 知恵袋 > 教養と学問、サイエンス > 歴史 >日本史 > 古代インドに行った最初の日本人仏教僧は誰ですか?(2015/1/29 12:51:59)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14141274494

wikipediaの日印関係を見ると、(中略) 同じ段落には、
「現在は破壊されてしまったインドのナーランダにある古い学院の記録には、日本から来た学者と弟子のことが書かれている。」
ともあります。
ナーランダは12世紀に破壊されたそうなので、日本人は破壊される前、すなわち12世紀以前に訪れていたと思われます。でも、名前が出ていません。

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というわけで、ウィキペディアに行ってみると、

・ウィキペディア > 日印関係(最終更新 2017年10月5日 (木) 19:56)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%8D%B0%E9%96%A2%E4%BF%82

現在は破壊されてしまったインドのナーランダにある古い学院の記録には、日本から来た学者と弟子のことが書かれている。[4]

脚注 
4. Garten, Jeffrey (2006年12月9日). “Really Old School”. New York Times 2008年11月8日閲覧。

とある。うーん、そんな話聞いたことないねえ。

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もう一つ、

・Wikipedia (English) > Nalanda(This page was last edited on 10 October 2017, at 16:18)
https://en.wikipedia.org/wiki/Nalanda

The Mahavihara
The subjects taught at Nalanda covered every field of learning, and it attracted pupils and scholars from Korea, Japan, China, Tibet, Indonesia, Persia and Turkey.[57]

Notes 
57. Garten, Jeffrey E. (9 December 2006). "Really Old School"

どうやら、この話の大元がわかってきた。そこで、この元記事に行ってみよう。

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・The New York Times > ALL > Opinion > OP-ED Contributors > Jeffrey Garten/Really Old School(DEC. 9, 2006)
http://www.nytimes.com/2006/12/09/opinion/09garten.html

Nalanda was also the most global university of its time, attracting pupils and scholars from Korea, Japan, China, Tibet, Indonesia, Persia and Turkey.

伝言ゲームで伝わるうちに、微妙にニュアンスが変わっているが、「日本からの仏弟子・学僧を惹きつけた」と書いてある。これだと、「日本人僧がNalanda寺にいた」と読めてしまいますね。

しかし、日本版ウィキにある「古い学院の記録には、日本から来た学者と弟子のことが書かれている」なんてどこにも書いてないぞ。

これが伝言ゲームの恐ろしさ。伝言を繰り返すうちに、途中で誰かが自分で創作して、尾ひれをつけてしまうのだ。おそらく無意識に。

また、上記の論拠・出典は提示がないので、いったいどこから来た説なのか不明。

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著者のJeffrey Gartenについて調べてみた。

・JAFFREY E. GARTEN > ABOUT(as of 2017/10/11)
http://jeffreygarten.com/about/
・Wikipedia (English) > Jeffrey Garten(This page was last edited on 3 September 2017, at 07:36)
https://en.wikipedia.org/wiki/Jeffrey_Garten

「NY Timesに寄稿」と書いてあるので、この人に間違いないだろう。

1946年生まれ。経済学者。米国務省、White House、Lehman Brothers、Elliot Group社長、Columbia University教授、商務次官などを歴任。現在はYale School of Managementの名誉学長(元学長)。

はい、歴史畑・仏教畑の人では全然ありませんね。上の記述もあまり信頼できるとは思わないほうがいいでしょう。

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この文章をそのまま検索してみると、ほぼ同じ文章がたくさん見つかりますが、見渡したところ、どれも新しい。

Gartenの文を引いているものも多く、どうも上記Garten記事がだいぶ影響を与えているらしい。

Garten記事の論拠は不明だが、彼はこの分野の専門家ではないので、おそらく歴史・仏教畑の著者による元ネタがあると思われる。が、今はその元ネタはわからない。

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しかし、前回述べたように『酉陽雑俎』に、金剛三昧がNalanda寺を訪れた、という記事があるので、まんざら根拠がないわけではない。

私の推測では、その情報が不完全な形で伝わり、『酉陽雑俎』や「金剛三昧」という固有名詞が抜け落ちた形で、「Nalanda寺に日本人がいた」という情報だけが伝わっている、と考えます。

だから、その情報と金剛三昧の情報が別ルートで伝わると、「金剛三昧の他にも、Nalanda寺に日本人が別にいた」と思えてしまうわけです。

今のところ、金剛三昧以外に「Nalanda寺に日本人がいた」という話は、私は知らないのですが、もし文献にそのような記述があるのであれば、是非教えて下さい。