2017年8月28日月曜日

sro can続報

> Dasの辞書によると、「sro」はインド起源の単語だというが、その元の単語は見つけられなかった。

と書きましたが、なんとなくわかった。

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以前紹介した

・Klaus Glashoff / Spoken Sanskrit Dictionary VERSION 2(since 2005)(as of 2017/08/28)
http://spokensanskrit.org/

で探したところ、sro そのものはありませんでしたが、

श्रपयते shrapayate 料理する/汗をかかせる/熱する/炙る/焼く

これがいい線行っていそう。

पयते payate 行く/動く/増やす/豊富な/たくさんある

なので、どうやら

श्र shra 熱

の意味になりそうだが、これ単独では出てこない。接頭辞としてのみ現れるのかもしれない。

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チベット語に戻ると、Dasの辞書では、

སྲོ་ sro 熱情
    སྲོ་ཤི་བ་ sro shi ba 気が抜ける/意気消沈する
    ཐུགས་སྲོ་ thugs sro (西チベット)熱/激情/忿怒/怒り
    སྲོ་ཅན་ sro can (Jäshkeの辞書)怒り狂った/激怒した
སྲོ་བ་ sro ba 温める/暖める
    མེ་ལ་སྲོ་བ་ me la sro ba 火で暖まる
    ཉི་མ་ལ་སྲོ་བ་ nyi ma la sro ba 日で暖まる
    འཇམ་པའི་དྲོད་ཀྱིས་བུ་བསྲོ། 'jam pa'i drod kyis bu bsro/ (母の)穏やかな温かさで子は暖まる

とあります。

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こうして見ると、sro にはもともと「熱」という意味があり、それが

熱→熱情→怒り

と転じたようです。あるいは、

sro 熱→ thugs sro 熱情 → (thugs) sro 怒り

のように、意味の発展の上に、thugs(心)が省略された形、という解釈でもいいでしょう。

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これが中央チベットでは「古語」に当たるのかどうか知りませんが、「インド起源の言葉が主に西部チベットにだけ残っている」という状況は、例の「方言周圏論」(つまり古い言葉(あるいは文化)がある文化圏の周縁部にだけ残っている)が適用できそうな気もします。

いやあ、わずか1ページの1単語からいろんなことがわかった。楽しめました。

他の言語でも、同じような楽しみ方ができるはずです。

・吉岡乾・著, 西淑・イラスト (2017.8) 『なくなりそうな世界のことば』. 107pp. 創元社, 大阪.

からピックアップして、誰かやってみてください。

2017年8月26日土曜日

吉岡乾 『なくなりそうな世界のことば』

・吉岡乾・著, 西淑・イラスト (2017.8) 『なくなりそうな世界のことば』. 107pp. 創元社, 大阪.


デザイン : 近藤聡(明後日デザイン制作所)

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2009年6月17日水曜日 「ブルシャスキーって何語?」の巻(1) ブルシャスキー語 
2015年12月5日土曜日 2015年11月29日(日)大学共同利用機関シンポジウム2015

で紹介した、おそらく日本でただ一人のブルシャスキー語研究者・吉岡乾(よしおかのぼる)先生の初著作です。初著作が絵本とは意外だった。

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この本、見つけるの苦労した。

まず「大きい本屋じゃないと、置いてないだろう」ということで、大型書店に行ったはいいが、それからが大変。

まず絵本のコーナー・・・ない。

「絵本とはいえ、どっちかというと大人向けかもな。するとまあ語学だろうな・・・」ということで、語学のコーナーへ・・・ない。

「文化人類学かな?」・・・ないっ。

「うーん困った」ということで、大型書店なら検索システムがある。それっ、検索っ!・・・在庫あり。おお、すごいぞ。

なになに、「在庫  ファンタジーの棚」だって?ファンタジー?なんか違うんじゃないかな・・・。

で、ファンタジーの棚を探したところ、そんなラベルの棚はないっ。

念のために「ラノベ」の棚に行ってみたが、当然ありませんね。

万策尽きて店員さんに訊いてみた。店員さんも首を傾げながら棚探索。

すると、ファンタジーのコーナーは「海外文学」の一角にあった。で、この本も無事ありました。

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しかし書店泣かせの本だ。

同じシリーズのE・F・サンダースの絵本も、米澤敬の絵本も同じ所にあった。版型が同じなので一緒に置きたくなる気持ちはわかるが、「サンダース絵本=外国文学」に引きずられて、外国文学でもファンタジーでもない本を一緒くたにされちゃ、誰も見つけられないよ。

著者のTwitterによると、著者自身は「ノベルス棚」で見つけたそうな。

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内容はタイトル通り。わかりやすい。

特徴としては、取り上げられている50言語のうち、ブルシャスキー語、シナー語をはじめ、カラコルム周辺の言語が7言語を占める点。著者の調査地域ですから、これは当然でしょうね。

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その中から、一つ紹介。

ラダック語「SROCAN ショチャン 怒りっぽい人、怒りんぼう」。


同書, p.44

「སྲོ་ཅན་ sro can」。チベット語ラサ方言では「ショチェン」ですが、ラダック語ではより字面に近く「ショチャン」と発音。

チベット語では「ཁྲོ་བ་ཅན་ khro ba can」で、ほぼ同じ意味になります。

チベット語でも「སྲོ་ sro」「སྲོ་ཅན་ sro can」という単語はありますが、あまり使われません。Dasの辞書によると、「sro」はインド起源の単語だというが、その元の単語は見つけられなかった。

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日本語の単語には直訳できない言葉が多く、すごく面白い。

・インドネシア・フローレス島ラマホロット語「DEBA' デゥバッ 手で触ってみるなど触覚を利用して何かを探す」

・カラコルム・ワヒー語「PURDUYUYN プルデュユーヴン 家畜に乳を出す気にさせる」

・シベリア・コリヤーク語「WINEKJEŃAJETGEL ウィヌクジュガージュトゥグル 7月末から8月初めに種雄トナカイが角を磨くときの暑さ」

なんか大好き。

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この本でちょっと残念なのは、人物画が各民族の衣装ではないこと。地域不明の服装ばかりで、各民族の特色が伝わってこない。

これは言語を紹介する本で、各民族の習俗を紹介する本ではないからかもしれないが、続編が出るようなら、その時はちょっと頑張って、各民族衣装の資料も探してほしい。

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評判はどうかな?と、Twitterで著者名で検索したところ、絶賛ですね。増刷かかるといいなあ。

ところで、本書に対する美辞麗句によるお褒めのtweetsの間に、著者自身による(お馴染みの)毒吐きまくりtweetsが挟まって出てくるのに爆笑。

これ、同一人物とは思わない人が多いかもしれない。吉岡先生らしくていいなあ。

2017年8月19日土曜日

横浜ユーラシア文化館「タイ・山の民を訪ねて1969~1974」展(3)

この展覧会がなぜ横浜ユーラシア文化館で開かれているかというと、まずこの横浜ユーラシア文化館の由来から。

この博物館は、横浜市民であった江上波夫先生(1906~2002)が横浜市に寄贈した文物・文献を展示し、また利用してもらうために2003年に開館されたもの。

江上先生は、上智大学西北タイ歴史・文化調査団の第3回調査(1973/12~1974/02)に参加されているのです。当時、江上先生は上智大学の教授。とはいえ、このあたりは江上先生は得意分野ではないので、あまり重要な役割ではなかったようですが。

とにかくそういう縁で、今回横浜ユーラシア文化館で、この展覧会が開催されたわけです。さすが、余裕のある自治体は羨ましいですねえ。

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タイ北部の少数民族地帯は、ずっと行きたいと思っているのだが、結局今まで一度も行っていない。ガイドブックや本などは結構たくさん持っているのだが。

その中から少し紹介。

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・地球の歩き方編集室・編 (1990.11) 『タイ北部 山岳民族を訪ねて』(地球の歩き方 FRONTIER 110). 119pp. ダイヤモンド・ビッグ社, 東京.


Art Director : 梅村城次

地球の歩き方シリーズ本編にはならない、行き先としてはまだマイナーな地域(1990年当時)のシリーズが「地球の歩き方FRONTIER」だった。このシリーズはすぐに消えた。

この中から本編に昇格した例も多い(ブータン、モンゴル、ベトナム、ラオスなど)が、これやパプア・ニューギニアなどは昇格できなかった。

この本の内容が、現在のタイ編にどの程度反映されているかは知らない。内容は、かなり気合の入っていて、写真、調査内容とも充実している。この地域では有名人である、三輪隆氏が大々的に協力しているせいもあろう。

もう古くなっている実用情報はさておき、今でも読み応えのある文章・写真・地図がてんこ盛りだ。

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類似本がその後出ていないこともあり、これをいまだに探している人も多いらしい。

ガイドブックってのは地位が低いですからね。古本業界でも大事にされていない。しかし、その分ひょんなとこで安く手に入る可能性もあるのだ。

探してる人頑張れ。これは苦労して入手する価値のある本です。

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表紙はカレンなのだが、ちょっと地味だったかな。タイ北部山岳民族といったら、インパクトがあるのはやっぱりアカでしょう。

というわけで中扉も挙げておきましょう。


同書, p.1

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お次はロンプラ。

・David Bradley (1991.11) THAI HILL TRIBES PHRASEBOOK ; 1ST EDITION (Language Survival Kit).181pp. Lonely Planet Publications, Howerton (Australia).



Bradley先生(1947~)は、Australia MelbourneにあるLa Trobe大学の言語学教授(当時も今も)。だからガイドブック/旅行用会話帳といって馬鹿にしてはいけない。相当にレベルが高い本なのだ。これも他に類書がないし。

ラフ語、アカ(ハニ)語、リス語、モン(ミャオ)語、ミエン(ヤオ)語の5言語会話と、カレン語などが少し紹介されている。

せいぜい数日の訪問・滞在ではほとんど利用価値はないのだが、片言でも現地の言葉をしゃべると「受け」が違う。早く現地に溶け込むには、まず言語を修得するのが一番なのだ。現地に腰を据えようという人にはもちろん必需品。

中国側のラフ語、ハニ語、リス語、ミャオ語、ヤオ語の会話帳というのもあまりいいのがないので、雲南や貴州でもある程度使えると思う。そういう使い方もしてみてほしい。

私も「地球の歩き方」のウイグル語会話帳をウズベキスタンで使ったら、かなり通じた(ウイグル語とウズベク語は、きわめて近縁のテュルク系言語)。

この本は1999年、2008年に改訂版が出ているらしい。意外に売れているのだな。

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さて、この上智大学調査隊だが、1973~74年の調査が最後になっている。

というのも、おそらく1974年にこの地域にクンサーが現れ、治安が悪化したせいではないかと思う。

中国国民党軍の残党であるクンサー(昆沙)は、第二次世界大戦後Burma東部Shan州で活動していた。しかしBurma政府によって1969年に逮捕された。

1974年、タイ政府の働きかけによりクンサーは釈放され、その後はタイ最北部に拠点を移した。で、この地帯は「黄金の三角地帯」と呼ばれ、クンサーが支配する麻薬(ケシ/阿片)栽培地帯となったのだった。

クンサーはさらに1985年にBurma側に拠点を移し、タイ最北部の治安も回復された。この地域に観光客が普通に訪れるようになったのは、その後のことのよう。

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民族学、言語学、少数民族好き、西南中国史に興味を持つ人々や、さらに、アレ好きな人、コレ好きな人など、様々な人々を魅了してやまないタイ最北部。

今回の展覧会は、そんな人々はもとより、これから行ってみようという人にもお勧めできる興味深い展覧会です。是非どうぞ。