2017年12月28日木曜日

律僧が作った日本仏教システムの基礎/いわゆる「真言立川流」は真言立川流ではない?

引き続き「新アジア仏教史」を読んでいるわけですが、今回は鎌倉~室町時代の日本仏教。

・松尾剛次+佐藤弘夫+林淳+大久保良峻・編集協力 (2010.5) 『躍動する中世仏教』(新アジア仏教史 12 日本 II). 445pp. 佼成出版社, 東京.


装幀 : 間村俊一

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この巻の特徴としては、これまでの日本仏教研究では大きく取り上げられていた鎌倉新仏教(浄土宗、浄土真宗、禅宗、日蓮宗)の扱いが小さくなっていること。

旧版「アジア仏教史」日本編では、鎌倉新仏教に3巻も当てられていたようだが、それが今回は1巻だけ。

上記宗派の開始は確かに鎌倉時代だが、本格的に勢力が拡大するのは室町時代から、というのがその理由の一つ。鎌倉新仏教の研究が一段落している、ということもあろう。

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今回新たな視点が与えられているのは、これまでは新仏教に対する旧勢力としか評価されていなかった南都仏教勢力、特に「律僧」という教団の動きだ。

・松尾剛次 (2010.5) 第3章 仏教者の社会活動. 『躍動する中世仏教』(新アジア仏教史 12 日本 II)所収. pp.141-186. 佼成出版社, 東京.

南都仏教の中でも奈良西大寺・叡尊(1201-90)とその高弟である鎌倉極楽寺・忍性(1217-1303)を中心とする律宗教団の人々を、「律僧」と呼ぶ。

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それまでは、仏教でも神仏習合が進み、仏僧らですら死穢を嫌い、葬送儀礼を忌避していたというのだ。

そのため、一般庶民はもとより、僧といえども充分な葬送をしてもらえず、野辺に打ち捨てられる、というケースが多かったらしい。

これで、平安時代の街周辺の描写に、死体ゴロゴロというのがいやに多いのがよく理解できた。今の日本仏教からは考えられない姿ですね。

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そこに現れたのが叡尊教団の律僧たち。彼らは「清浄の戒は汚染なし」と主張。つまり「日頃戒律を厳しく守っていれば、それがバリヤーとなって穢れから守られる」という理屈だ。

この理屈で、律僧たちは葬送儀礼に積極的に参入し、葬送儀礼システムを作っていった。

2017年12月12日火曜日 神仏習合の東西/葬式仏教の始まり/変成男子

で紹介した「死後出家」と共に、いよいよ現在の葬式仏教の姿ができあがっていくわけです。

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これと共に律僧たちは、宝塔や骨蔵器の発明なども創始。さらには全国的な港湾管理、道路の建設、寺院の修造/勧進活動などにも従事し、仏教に関わる経済活動でも大きな勢力となっていった。

もう一つ重要なのは、社会慈善運動。律僧が重視したのは非人/ハンセン氏病患者という、「穢れ」を持つとされ差別されていた人々の救済活動。

現在に至る仏教勢力が慈善活動に従事するという動きは、実にここに始まるらしいのだ。

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すごく面白い論考。これまでの研究からは見えてこなかった、現在の日本仏教が形成されるその裏面がよく理解できた。

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本巻の一番最後に収録されているのが

・彌永信美 (2010.5) コラム7 立川流. 『躍動する中世仏教』(新アジア仏教史 12 日本 II)所収. pp.376-379. 佼成出版社, 東京.

「立川流」とは、中世日本に存在したという真言密教の一宗派で、男女の性的結合を用いて即身成仏を達成する教団、とされ、邪教として弾圧され消滅された、というもの。

この論考は、その通説に疑問を呈したものだ。

まず、こういった性的儀式を用いた教団は確かに存在したらしい。

しかし、その性的儀式を行っていた勢力と「真言立川流」というちゃんとした宗派が結びつけられたのは誤解であり、おそらく両者は無関係であろう、というのがこの論考だ。そもそもこの勢力のものと伝えられる法系と、真言立川流の正統な法系は一致しないのだ。

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我々はこの性的儀式を持っていた教団のことを「真言立川流」という名称であり、インド起源の性瑜伽が、変形されて伝わったと思いこんでいたわけだが、どうもよく調べてみると、そんな単純な話ではなさそうだ。

そもそも、これが仏教の一派と言っていいのか?というところから考えてみる必要がありそうだ。

どうもその内容には陰陽道の影響が強いらしいし、中国道教の影響も考える必要がある。

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2017年10月25日水曜日 いまだに「ラマ教」/道教タントラ

で紹介した

・岡田英弘 (2003.7) 『やはり奇妙な中国の常識』(ワック文庫). 234pp. ワック出版, 東京.
← 初出 : 岡田英弘 (1997.10) 『中国意外史』(Shinshokan History Book Series). 253pp. 新書館, 東京.

に記述がある、中国の道教のタントラ密教とこの日本に伝わる「性的儀式の教団」は似ていると思う。

本論考は、この謎の教団についての研究の再出発点になるのかもしれませんね。

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というわけで、この巻もなかなか勉強になりました。

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