2015年7月11日土曜日

柱建て祭りとKumari(9) Naga信仰と聖樹信仰

インドにおけるNagaと樹木信仰との関係については、早くも19世紀にJames Fergussonが以下の大著で述べています。

・James Fergusson (1868) TREE AND SERPENT WORSHIP: OR ILLUSTRATIONS OF MYTHOLOGY AND ART IN INDIA IN THE FIRST AND FOURTH CENTURIES AFTER CHRIST FROM THE SCULPTURES OF THE BUDDHIST TOPES AT SANCHI AND AMRAVATI. xii+247pp.+pls. India Museum, London.
https://archive.org/details/jstor-3025152

ところが、これは大変に冗長な本で、大著のわりには民間信仰については論考が浅く、Nagaと樹木信仰の関係も理解しづらい。この本はやはり、SanchiやAmarvatiのStupaを扱ったインド建築・美術(特に彫刻)の本なのです。

とはいえ、これは19世紀半ばの本なのですから、まあそんなに期待してはいかんのですけど。こんな希少本がネット上でただで読めるだけでも感謝しなくてはいけませんね。

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Nagaについては、むしろ民族学・宗教学の専門家William Crookeの論考の方が役に立ちます。

・William Crooke (1894) AN INTRODUCTION TO THE POPULAR RELIGION AND FOLKLORE OF NORTHERN INDIA. ii+420pp. Allahabad.
https://archive.org/details/anintroductiont01croogoog
・William Crooke (1908) Serpent - Worship (Indian). IN : James Hastings (ed.) ENCYCLOPÆDIA OF RELIGION AND ETHICS VOLUME XI SACRIFICE – SUDRA. pp.411-419. Charles Scribner's Sons, New York.
https://archive.org/details/encyclopaediaofr02hast

この本で、インドでは樹木の下にNega像あるいはその祠が祀られていることを報告しています。ちょうどこんな感じ。

・Khandoma / india mike > images > Tree opposite Kondarma temple, Hampi (on Dec 23, 2007)
http://www.indiamike.com/india-images/pictures/tree-opposite-kondarma-temple-hampi
・Wikimedia Commons > Dineshkannambadi / File:Vijayanagar snakestone.jpg (21:40, 8 November 2011)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vijayanagar_snakestone.jpg
・BSV Prasad / BSV Prasad's Blog > Girivalam (Posted on 30/11/2013)
https://bsvprasad.wordpress.com/2013/11/30/girivalam/
・Quora > Why do Hindus worship the snake and what does sarpa dosha mean? > Dharma Somashekar / In vedic school (hinduism) Sarpa (snake) is used to express the flow/wave of Energy (Written 20 Mar, 2014)
http://www.quora.com/Why-do-Hindus-worship-the-snake-and-what-does-sarpa-dosha-mean
・Jayaram V / Hinduwebsite.com > Hinduism > Symbolism > The Symbolism of Snakes and Serpents in Hinduism (as of 2015/06/14)
http://www.hinduwebsite.com/buzz/symbolism-of-snakes-in-hinduism.asp

これらはほとんどが南インドの例です。Naga信仰は、今では南インドに色濃く残っていることがうかがえます。

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北インドではどうなっているのかというと、Nagaだけを祀った樹下祠堂は私は見かけたことはないのですが、根元が赤く塗られたり、旗や華鬘が飾られた樹木はいたるところで目にします。聖樹信仰はインド全土で今も健在です。

北インドでは、Shiva像やそのシンボルTrishul(त्रिशूल)、Ganesh、サイ・ババなどの聖者の絵が一緒に祀られている場合が多く、聖樹信仰は今では様々な信仰と結びついていることがわかります。

Naga像はその一端にひっそりと祀られています。北インドではNagaと聖樹の結びつきは南インドほど強くはないようです。

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FergussonやCrookeの論考を読んでも、Naga信仰と聖樹信仰の関係はあまりよくわかりません。実際、この関係はその後もあまり注目されていません。しかしこちらの著作、

・jayasree / Non-random-Thoughts > From Indus Proto-Siva to Celtic Cernunnos (SATURDAY, SEPTEMBER 29, 2012)
http://jayasreesaranathan.blogspot.jp/2012_09_01_archive.html

の中程によくまとまっていますのでご覧ください。

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Nagaは水を司る神です。よく成長した樹木の地下は水が豊富な場所です。この関係でNagaと聖樹信仰が結びついたものと思われます。

しかしこの関係は、現在では他の神々の信仰に押され、インド本土(特に北インド)では顕著ではなくなってきている感があります。水が豊富なインドでは仕方ない気もします。

しかし、後述しますが、一転水に乏しいチベット文化圏ではこの聖樹とNagaの結びつきは依然強いままです。

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聖樹信仰と結びついた神格はNagaだけとは限りません。

ピッパル(pipal पीपल、インドボダイジュ)の木はBrahmaあるいは釈尊と、バニヤン(vata वट、ベンガルボダイジュ)とトゥルスィー(tulsi तुलसी、シソの仲間)はVishnuと、ニーム(nimba निम्ब、インドセンダン)は様々な女神たちと結びついています。

古代インドでは、樹木信仰はバラモン教パンテオンに属さない土着の精霊であるYaksha(यक्ष、夜叉)やYakshi/Yakshini(यक्षी/यक्षिणी、夜叉女)と結びついていました。

今ではヒンドゥ教パンテオンの外に置かれるこれらYakshaは、元来土地神であり、祖霊神でもありました。Yakshaが豊穣をもたらす神として、聖樹と結びつくのは必然でした。

Sanchi StupaやAmravati Stupaの彫刻には、これらYakshaやYakshiniの彫刻が聖樹と共に多数見られます。Sanchi Stupaの第一塔東門の「樹下ヤクシー像」は最も有名な図像でしょう。

・神谷武夫 / 建築家 神谷武夫とインドの建築 > ユネスコ世界遺産 > サーンチー 古代の仏教遺跡 >第 1ストゥーパの東トラナにおける 「樹下ヤクシー像」 (as of 2015/06/14)
http://www.kamit.jp/02_unesco/01_sanchi/xsanchi_6.htm

今でも、聖樹とともに祀られている石像の中には、なんだか正体がわからない神格もたくさん並んでいますが、それらはおそらく土着のYakshaやYakshiなのでしょう。

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Nagaは、こういった土着のYaksha/Yakshiと同じような地位に置かれ、水と司る神として、そしてひいては豊穣を司る神として、聖樹信仰と結びついています。ただし、その関係は現在ではあまりはっきりとした形では現れてはいません(特に北インドでは)。

そういうわけで、Naga信仰と聖樹信仰の関係を述べている論考もあまり多くありません。私の認識も、文献を読んで得たものではなく、現地でたびたび聞いて培われたものです。その現地は、実はインド本土ではなくチベット文化圏なのですが。これも後述。

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北インド周辺でもNaga信仰の痕跡が色濃い場所があります。Nepal Kathmandu盆地とKashmir盆地です。どちらもかつては湖だった場所です。

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その他の参考:

・斎藤昭俊 (1984) 第三 インドの樹木崇拝. 『インドの民俗宗教』所収. pp.57-84. 吉川弘文館, 東京.
・宮治昭 (1999) 聖樹信仰と仏教美術. 『仏教美術のイコノロジー インドから日本まで』所収. pp.78-109. 吉川弘文館, 東京.
←原版:宮治昭 (1994) インドの聖樹信仰と仏教美術(I). 田島敏堂・編 『開発における文化(2)』(名古屋大学大学院国際開発研究科平成五年度共同研究報告書/開発叢書5)所収. 名古屋大学大学院国際開発研究科, 名古屋.

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