チベット文字にはいろいろな字体があります。一般によく見る
はウチェン(dbu can/有頭字)と呼ばれ、いわゆる楷書体・活字体です。これに対し主に筆記体として用いられるウメー(dbu med/無頭字)という字体があります(注)。
そのウメーの一種に、「ドゥツァ/ジュツァ('bru tsha)体」という字体があります。
図の出典は、
・Alexander Csoma de Körös (1834) A GRAMMAR OF THE TIBETAN LANGUAGES. Calcutta. → Reprint : (1938) 文殿閣書荘, 北京.
「'bru tsha」は「bru sha/'bru zha」の訛りとされ、これは当然「ブルシャ起源の書体」を意味すると推測されています。しかし、前述のように、ギルギット~フンザ周辺では発掘経典や碑文がかなり発見されていますが、その中に「ドゥツァ体」とみられる書体は見あたりません。ですから、本当のところそれが事実であるのか不明です。
そもそも、かつてギルギット~フンザ周辺でチベット語・チベット文字がどの程度普及していたのかもわかりません。仮にブルシャ起源の書体であったとしても、それは元々チベット語・文字を表記するためではなく、他言語を表記するための文字で、チベット文字用にある程度アレンジされた上で伝わった書体なのでしょう。
また、この書体がいつ、どういう経緯でチベットに伝わったのかも謎です。わからないことだらけですね。というより、今まで注目されたことがなかった、というのが実状でしょう。
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ドゥツァ体は、行政文書や書籍のタイトルなどに装飾文字として用いられることが多い書体のようですが、もともとはボン教に関係する書体ではなかろうか?とも考えられます。
というのも、ドゥツァ体には「キュン体(khyung bris)」という異名があります。ブル/ドゥ('bru)もキュン(khyung)もボン教と縁の深い言葉です。
キュン=ガルーダ(Garuda)はボン教と関係の深い尊格であり、ボン教/シャンシュン王国における最重要氏族キュンポ(khyung po)氏の名ともなっています。そして、ブル/ドゥもまたボン教の有力氏族の名なのです。
このまま行くとボン教方面に話題が移ってしまいますが、その前にブルシャとチベット仏教との関わりについて見ておかなければなりません。
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(注)
ウメーは種類が多く、ドゥツァ体の他に、バムイク('bam yig)=スグリン(sug ring)、スクトゥン(sug thung)、ザプディー(gzab bris)、バルディー(bar bris)などがある。
出典は、
・長野泰彦 (2001) チベット文字. 河野六郎ほか・編著 (2001)『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』所収. pp.595-601. 三省堂, 東京.
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