2015年6月21日日曜日

柱建て祭りとKumari(7) インドのNaga信仰

Naga/Nag(नाग)とはインドにおける蛇形の神のことです。女性形はNagi(नागी)あるいはNagini(नागिणी)。ここでは主にNaga、Naginiを使います。

蛇の中でも特にコブラを指し、その姿(多頭であることも多い)で表されることが多いようです。しかしコブラ形ではない普通の蛇の姿も一般的です。特に、コブラが存在しないチベット~ヒマラヤ方面では当然そうなります(注1)。

擬人化されて上半身が人間、下半身が蛇の姿で表現されることが多い。特に仏教では、そのような姿で描かれることがほとんどです。

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Naga信仰は古くからインド亜大陸に存在する信仰形態で、インダス文明の印章にも、すでにNagaらしき姿が見えます。

参考:

・Santanam Swaminathan / Tamil and Vedas : A blog exploring themes in Tamil and vedic literature > Serpent Queen : Indus Valley to Sabarimalai (JUNE 17, 2012)
http://tamilandvedas.com/2012/06/17/serpent-queenindus-valley-to-sabarimalai/

バラモン教が支配していたヴェーダ時代には、聖典Veda(वेद)にNagaの姿は現れません(注2)。

Naga信者は、ヴェーダに従わない化外の民とみなされていました。おそらくその担い手は非アーリア人であるDravida(द्राविड)人やヒマラヤ南縁のモンゴロイドたちと考えられます。

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『Mahabharata(महाभारत)』の頃から、Nagaは徐々にヒンドゥ教の神話体系に組み込まれ始め、半神半魔として扱われます。

地下で世界を支え、ひいては眠るVishnuを支えるAnanta(अनन्त)/Sheshanaga(शेषनाग)、撹拌棒マンダラ山(मण्डल)に巻き付いて乳海撹拌(समुद्रमथन Samudramanthana)を助けたVasuki(वासुकि)などは、Nagaraja(नागराज、Nagaの王)と呼ばれ、ヒンドゥ教神話で重要な役割を果たします。

参考:

・Pradeep S Bhat / Ink Your Thoughts > The Supreme God - Lord Vishnu (Sunday, December 25, 2011)
http://pradeepsbhat1987.blogspot.jp/2011/12/supreme-god-lord-vishnu.html
・Sampradapa Sun > Features > AUGUST 2013 : Samudra Manthan - The Churning of the Milk Ocean / Samudra Manthan - The Churning of the Milk Ocean, Part Two (2013/08)
http://www.harekrsna.com/sun/features/11-08/features1193.htm
http://www.harekrsna.com/sun/features/08-13/features2907.htm

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また、Vasukiの妹で、病気治療を司るManasa(मानस)はNaga Panchamiの祭りの主役であり、こちらもすっかりヒンドゥ教体系に組み込まれています。

参考:

・Swami Satyananda Saraswati / Experience the Bliss of the Divine Mother > It's Nag Panchami — offer your pranams to Manasa Devi ! (Photo of the week – Aug 17 – Aug 23 2007)
http://www.shreemaa.org/its-nag-panchami-offer-your-pranams-to-manasa-devi/
・IndiaNetzone > Art & Culture > Religious Iconography In India > Iconography Of Manasa (Last Updated on : 03/02/2010)
http://www.indianetzone.com/43/iconography_manasa.htm

ずっと先のお話の種明かしをしてしまうことになりますが、実は、このManasaの図像、ネパールのKumariの姿に大きな影響を与えています。

ManasaとKumariはよく似ていますよね。赤を基調とした衣装、額にある縦型の目、蛇のネックレスなど。

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Shivaが首にコブラを巻いている姿も有名な図像。

参考:

・4to40 > Culture > Hindu Culture > Who is Shiva ? : What does Shiva look like ? (Last Updated On: Thursday, January 29, 2009)
http://www.4to40.com/culture/index.asp?p=Who_is_Shiva

Nagaは、現在のヒンドゥ教の主流Shiva派、Vishnu派双方に取り込まれていることになります。

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しかし、古来より民間で信仰されているNagaは、そういった華々しいエピソードを持たない素朴な蛇神です。

このNagaは、水・地下を司る神であり、その住処は地下あるいは水底にあるとされます。

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他にもNagaの役割は多数あり、Nagaの起源が多元的であることがうかがえます。ここでは上述の「水を司る」という役割に注目し、その他の役割については以下に列記するに留めます。

(01) 不老不死の象徴(脱皮を繰り返し、永遠に生きると信じられていた)
(02) 水・雨を司り、川・泉・湖に住む
(03) 祖霊の化身として、地下に住む
(04) 氏族の始祖・トーテムとして崇められる(नगवंश Nagavansh)
(05) 宝蔵神として、地下に住む
(06) 家の守護神
(07) 病気を司り、病原・治療の両面を支配する(特にハンセン氏病)、Naga Panchami(नागपञ्चमी)はNagaに病気の予防・治癒を祈願する祭り
(08) 王族を庇護する
(09) 釈尊、そして仏法の庇護者(おそらくバラモン教に従わない、Naga信仰の周辺民族を教化したことを象徴している)

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Nagaは水を司っていることから、天候、特に雨と関連づけられるようにもなりました。

天候、特に降水量の多寡は農作物の作況を左右するもっとも重要な要素です。このため、Nagaはさらに豊穣を司る神ともみなされるようになります。

Nagaがネズミなどからの食害を防いでくれる、あるいは家畜を守る、と信じられ、豊穣と関係づけられている地方もあります。

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北インドSankashya(साङ्काश्य、僧伽施)国の仏教僧院(注3)での、豊穣神Nagaの功徳、その供養の様子は、5世紀の求法僧・法顕が『法顕伝』で伝えています(長沢訳1971, 斎藤1984)。

Sankashyaでは、耳の白いNagaが豊穣神として、ヒンドゥ教徒・仏教徒を問わず崇められていました。Nagaを祀った寺院には、仏教僧が供養を行っています。夏安居の後にはNagaは小蛇の姿をとって現れ、僧たちはこの小蛇にヨーグルトを施します。

このあたりの描写は、Nagaが地元の住民たちに愛されている様子が伺え、なかなかにほのぼのしますね。

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20世紀におけるインド各地のNaga信仰の諸相は、Crooke(1894, 1908)(追記参照)や斎藤(1984)に詳しく記述されています。斎藤はCrookeをかなり参考にいるようです。

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参考:

・法顕 (東晋416) 『法顕伝(仏国記)』
→邦訳 : 法顕・著, 長澤和俊・訳 (1971) 法顕伝. 『法顕伝・宋雲行紀』(東洋文庫147)所収. pp.1-150. 平凡社, 東京.
・William Crooke (1894) AN INTRODUCTION TO THE POPULAR RELIGION AND FOLKLORE OF NORTHERN INDIA. ii+420pp. Allahabad.(追記参照)
https://archive.org/details/anintroductiont01croogoog
・William Crooke (1908) Serpent-Worship (Indian). IN : James Hastings (ed.) ENCYCLOPÆDIA OF RELIGION AND ETHICS VOLUME XI SACRIFICE – SUDRA. pp.411-419. Charles Scribner's Sons, New York.
https://archive.org/details/encyclopaediaofr02hast
・佐和隆研・編 (1975) 『密教辞典』. VI+730+176pp. 法藏館, 京都.
・斎藤昭俊 (1984) 第四 インドの動物崇拝 四 蛇の崇拝. 『インドの民俗宗教』所収. pp.97-137. 吉川弘文館, 東京.
・菅沼晃・編 (1985) 『インド神話伝説辞典』. pls.+23+454pp. 東京堂出版, 東京.
・中村元・編著 (1988) 『図説 仏教語大辞典』. 760pp. 東京書籍, 東京.
・上村勝彦 (2002) ナーガ. 辛島昇ほか・監修 『新訂増補 南アジアを知る事典』所収. pp.505-506. 平凡社, 東京.
← 初出 : 辛島昇ほか・監修 (1992) 『南アジアを知る事典』. 平凡社, 東京.
・那谷敏郎・文, 大村次郷・写真 (2000) 『龍と蛇<ナーガ> 権威の象徴と豊かな水の神』(アジアをゆく). 117pp. 集英社, 東京.
・中村元ほか・編 (2002) 『岩波仏教辞典 第二版』. 141+1246pp. 岩波書店, 東京.
・Gabriel H. Jones (2010) Snakes, Sacrifice and Sacrality in South Asian Religion. Ottawa Journal of Religion, vol.2 [fall 2010], pp.89-117.
http://artsites.uottawa.ca/ojr/doc/OJR-Issue-2-2010.pdf
→ Revised with additional figures : academia.edu > Gabriel E. Jones > Publications : Snakes, Sacrifice and Sacrality in South Asian Religion. 33pp.(as of 2015/06/20)
https://www.academia.edu/214002/Snakes_Sacrifice_and_Sacrality_in_South_Asian_Religion

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(注1)

まあ、チベット高原には、実は蛇はほとんどいないんですが(笑)。その代わりにトカゲ(རྩངས་པ་ rtsangs pa)がその関係者とされています。さすがにトカゲ自体をNaga/kluと呼ぶことはなく、「kluの使い」とされています。

(注2)

『Rigveda(ऋग्वेद)』には、Indraの宿敵としてVritra(वृत्र)という怪物が登場します。

このVritraをNagaの一種とみなす説がありますが、Vritraは天災(旱魃、洪水、嵐)を象徴するもので、Nagaよりも中国の龍や西洋のdragonに近い存在です。

その異名Ahi(अहि)は、現在は「蛇」と訳されますが、本来「雲」を意味します。やはり中国の龍に近い性格を持っていることがわかります。

また、Vritraの同族Arbuda(अर्बुद)は、できもの・はれものを意味し、こちらも厄災を象徴したものです。これの漢訳音写が「頞部陀」。「あばた」の語源です。

(注3)

Sankashyaは、釈尊がTrayastrimsha Loka(त्रायस्त्रिंश लोक 忉利天/三十三天)に上り母親Maya(माया 摩耶夫人)に説法を行った後に、Indra(帝釈天)、Brahma(梵天)と共に地上に降り立った場所とされています(従三十三天降下/三道宝階降下)。

Maurya朝のAshoka王がここを訪れ石柱・僧院を建てました。その僧院の盛時の様子は、南北朝代の法顕(『法顕伝』)、唐代の玄奘(『大唐西域記』、『大慈恩寺三蔵法師伝』)が詳しく伝えています。法顕は「僧伽施」と、玄奘は「劫比他(कापित्थिका  Kapitthika)」と記録。

現在の地名はUttar Pradesh州Sankisa(संकिसा)。仏跡は廃墟と化し、Stupa跡や柱頭などが残るのみですが、地元の仏教徒により小さな寺院やStupaが建てられています。

2015年1月末にダライ・ラマ法王が55年ぶりに訪問され、法要・法話会を開かれたニュースを聞いて、この場所を再認識された方も多いのではないでしょうか。

参考:

・HIS HOLINESS THE14TH DALAI LAMA OF TIBET > News > More News : News Archive > 2015 January > Arrival in Sankisa 30th January 2015 / > 2015 February > Reading the Dhammapada in Sankisa 1st February 2015 / > 2015 February > Concluding the Dhammapada Teaching in Sankisa 1st February 2015 (as of 2015/06/21)
http://www.dalailama.com/news/post/1229-arrival-in-sankisa
http://www.dalailama.com/news/post/1230-reading-the-dhammapada-in-sankisa
http://www.dalailama.com/news/post/1231-concluding-the-dhammapada-teaching-in-sankisa
・ダライ・ラマ14世法王猊下 > フォトギャラリー > アルバム一覧を見る > インド、サンキサ仏塔ご訪問 2015年1月30日/インド、サンキサ法話会 2015年1月31日/インド、サンキサご訪問 最終日 2015年2月1日(as of 2015/6/21)
http://www.dalailamajapanese.com/gallery/album/0/491
http://www.dalailamajapanese.com/gallery/album/0/492
http://www.dalailamajapanese.com/gallery/album/0/493

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(追記)@2015/06/25

文献にCrooke(1894)を追加した。

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