2015年7月25日土曜日

柱建て祭りとKumari(12) Naga Panchamiと女神Manasa

Kathmandu盆地におけるNag Panchami(नागपञ्चमी)の始まりを伝える伝説も紹介しておきましょう。

10世紀末の王Gunakamadeva(गणकाम देव)は強力な王で、Kantipur(कान्तिपुर 、現在のKathmandu)の町や多くの寺院を作り、数多くの神々の信仰を導入した、とされます。Indra Jatraを始めたのもこのGunakamadeva王です。

歴史上は立派な王ですが、伝説では魔力を持つ悪王とされます。Gunakamadeva王の悪業に怒ったNagaraja Karkotaka(कर्कोटक)は7年間雨を降らせず、Kathmandu盆地は旱魃に見舞われました。王は師であるShantashri(शान्तश्री、Shantikar Acarya शान्तिकर आचार्य)の元へ向かいアドヴァイスをもらいます。ShantashriはSwayambhu Stupaを建立した仏僧として有名です

王はKathmandu盆地に住むすべてのNagaを招き供養を行います(Nagaは招かれたわけではなく、Gunakamadeva王の魔力で無理矢理集められた、というヴァージョンもあります)。しかしこのNagaたちを統べるNagaraja Karkotakaだけはやって来ませんでした。

そこでGunakamadeva王はNagaraja Karkotakaが棲むTaudahaに赴き、ようやくKarkotakaをSwayambunathに招くことに成功します。そして雨乞いの儀式を行ったところ、ついに雨が降り出しました。

Nagarajaたちは、王とShantashriに、自らの血で描いたNagarajaの絵を渡し、「今後旱魃の際にはこの絵を拝むように」と伝えました。

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Kathmandu盆地のNaga Panchamiでは、魔除けとしてNagaの絵を家に貼ることが特徴ですが、それにはこういう由来があったのです。

上記に由来に従えば、Kathmandu盆地のNaga Panchamiは、本来雨乞いの儀式だったと思われますが、現在ではその意味合いは薄れ、Nagaのもう一つの属性「病気予防・治癒・魔除け」が祭りの主題となっています。

Nagaに雨乞いをするという古来からの儀式に、インドから入って来たNaga Panchamiという祭りとその名称がオーヴァーラップし、次第に古来の祭儀が薄れて行った、のかもしれません。

そのあたりの過程はまだまだ研究されてはいません。長い歴史を持つネパールならではの調査・研究の難しさです。

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インドでのNaga Panchamiの由来はこれとは異なっており、次のようなものです。もちろんこっちの方が本家なのですが。

話は『Mahabharata महाभारत』の時代に逆上ります。Kuru(कुरु)王Parikshit(परीक्षित्)は、Nagaraja Takshaka(तक्षक)に噛まれ死んでしまいます。その子であるJanamejaya(जनमेजय)王は、報復として数千人のバラモンと共にSarpasattra(सर्पसत्त्र)という儀式を開始。Yajnakunda(यज्ञकुण्ड)と呼ばれる拝火壇を取り囲み儀式を行うと、世界中の蛇が集まりその火に飛び込む、という強力な儀式です。

蛇たちは次々とこの拝火壇に飛び込みますが、Takshakaのみはこれを逃れてIndraの元に避難しました。しかし、Sarpasattraの力は強力で、Takshakaと共にIndraまでが火に引き寄せられます。

IndraはShivaの心から生まれた女神Manasa(मनसा)に助けを求めます。Manasaは、その子Astika(आस्तीक)をJanamejaya王のもとに派遣。AstikaはJanamejaya王の説得に成功し、ついにSarpasattraをやめさせることが出来ました。以来、Shravan(श्रावण)月(7~8月)の5日目に、女神Manasaに感謝する祭りNaga Panchamiが行われるようになった、ということです。

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ネパールとインドのNaga Panchami由来はよく似ています。後者が元ネタなのは間違いありません。

ネパールではManasaのエピソードが脱落し、王がJanamejayaからGunakamadevaに変わっています。また雨乞いの要素が加わっていることにも注目です(ただし今は薄れていますが)。

Manasaのエピソードが脱落しているのがちょっと不思議です。現在のネパールのNaga PanchamiではManasaの属性である病気予防・治癒が強調されているのですが、肝心のManasaが出てきません。

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Manasaは、Shivaの心から生まれたとされますが、Nagaraja Vasukiの妹、という出自でもあります。矛盾していますが、おそらく2系統の神格が混交しているものと見られます。

Indraが登場することに注目。おそらくKathmanduのIndra Jatraにもこの神話が影響していると思われます。Indraはここでも間抜けな役回りです。

IndraやBrahmaなどの古い神格は、時代が下がるにつれ人気がなくなっていき、このような間抜け役が振られるようになります。

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Manasaには、Shivaが毒を飲んで苦しんでいたところを解毒して助けた、という神話もあります。このエピソードから、Manasaは治療、特に蛇の毒、天然痘などの伝染病の治療の女神として崇められるようになりました。

現在のNaga Panchamiは、このManasaの属性によるところが大きく、主に魔除け、病気予防・治癒を祈る祭りとなっています。

Taudaha、Nag Daha、そしてKathmandu盆地各地のNaga Panchamiも同様で、魔除け、病気予防・治癒を祈る祭りです。ただし上記のKathmandu盆地独自の伝説に基づき、Nagaを描いた絵を家の壁に貼るところが特徴となっています。

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TaudahaのNagaraja Karkotakaは、実はRato Matsyendara Jatra、Indra Jatraでも重要な役割を担っています。それは各々の祭りについて説明するときにお話しましょう。

その前に、Kathmandu盆地と似た環境のKashmir盆地のNaga信仰、チベット文化圏でのNaga=klu信仰を見ておきましょう。

なかなかBisket Jatraに戻りませんが、まあNaga信仰の諸相を楽しく見ていきましょう。

参考:

・斎藤昭俊 (1984) 第四 インドの動物崇拝 四 蛇の崇拝. 『インドの民俗宗教』所収. pp.97-137. 吉川弘文館, 東京.
・菅沼晃・編 (1985) 『インド神話伝説辞典』. pls.+23+454pp. 東京堂出版, 東京.
・Netra B Thapa (1990) A SHORT HISTORY OF NEPAL(The Fifth Edition). xi+187pp.Ratna Pustak Bhandar, Kathmandu.
・佐伯和彦 (2003) 『ネパール全史』(世界歴史叢書). 767pp. 明石書店, 東京.
・Shapalya Amatya (2006) WATER & CULTURE. 95pp. Jalsrot Vikas Sanstha, Nepal.
http://www.jvs-nwp.org.np/sites/default/files/Number%20%2033.pdf
・Wikipedia (English) > Nag Panchami (This page was last modified on 15 April 2015, at 12:59)
https://en.wikipedia.org/wiki/Nag_Panchami
・Wikipedia (English) > Manasa (This page was last modified on 6 June 2015, at 05:38)
https://en.wikipedia.org/wiki/Manasa

2015年7月18日土曜日

柱建て祭りとKumari(11) Nagaの棲む湖TaudahaとNag Daha

Kathmandu盆地南部に位置する、Kirtipur(कीर्तिपुर)近郊のTaudaha(टौदह)湖、Dhapakhel(धापाखेल)近郊のNag Daha(नाग दह)湖は、文殊菩薩が大湖であったKathmandu盆地を干上がらせた後、Nagaの移住先として作った湖、とされています。

daha(दह)とは、ネワール語で「湖・沼」の意味。Taudahaは「大きな湖」、Nag Dahaは「蛇神の湖」になります。

どちらも湖畔にはNagaを祀った寺院があります。Taudahaには、Nagaraja Karkotakaが祀られており、Nag DahaにはNaginiが祀られています。

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さらにKathmanduの南東32kmにあるPanauti(पनौती)にはNagaraja Vasuki(वासुकि)が祀られています。ここには湖こそありませんが、Punyamata川(पुन्यमाता नदी)がRoshi川(रोशी खोला)に合流する地点に当たり、その合流部にVasuki Nag Mandirが建てられています。

TaudahaとPanautiはKathmandu盆地最大のNaga寺院で、この二つを参拝することがNaga信者(といってもNagaだけを信仰している人はいませんが)最大の功徳になるとされています。

















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TaudahaのNagarajaは、毎年5~6月に開かれるPanauti Jatraに参加するためにNagaraja Vasukiのもとを訪れる、とされます。Nag DahaはTaudahaからPanautiへの途上にあります。Taudaha Nagarajaは、行き帰りにここで宿泊し、Naginiと夜を過ごします。

これがKathmandu盆地に雨をもたらし、モンスーンの開始を告げるとされています。Naga夫婦と雨との関係の深さを教えてくれます。

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仏教徒・ヒンドゥ教徒を問わず、Taudaha、Nag Dahaへの参拝者は雨や豊作、そして病気予防・治療を祈ります。Nagaは水、雨を司る神ですから、雨乞いは参拝目的の中心になります。

しかし、TaudahaでもNag DahaでもNagaに雨乞いや豊作を祈る大きな祭りはないようです。これら寺院での最大の祭りは、Naga Panchamiになります。Naga Panchamiという祭りの主旨は、今では雨乞いではなくなっています。

Naga本来の性格は薄れてきてはいますが、Kathmandu盆地古来のNaga信仰の姿が残っている場所が、ここTaudahaとNag Dahaといえるでしょう。特にNagaが夫婦であることが最重要ポイントです。

参考:

・Shapalya Amatya (2006) WATER & CULTURE. 95pp. Jalsrot Vikas Sanstha, Nepal.
http://www.jvs-nwp.org.np/sites/default/files/Number%20%2033.pdf
・Kathmandu Metro > Culture > Siddhi B. Ranjitkar / Panauti Jatra(Issue 25, June 22, 2008)
http://104.237.150.195/culture/panauti-jatra
・ECS Nepal > Features > Amar B Shrestha / Kathmandu Valley and Its Historical Ponds (Jul.05.2010)
http://ecs.com.np/features/kathmandu-valley-and-its-historical-ponds
・ECS Nepal > Features > Ravi Shankar / NAGDAHA : A Visit to the Snake Lake (Jul.05.2010)
http://ecs.com.np/features/kathmandu-valley-and-its-historical-ponds
・ROYAL MOUNTAIN TRAVEL – NEPAL > blog > Kathmandu Valley and its Nagas (Posted on May 16, 2013)
http://royalmt.com.np/blog/kathmandu-valley-and-its-nagas/
・Wikipedia (English) > Nagdaha (This page was last modified on 4 August 2014, at 23:24.)
https://en.wikipedia.org/wiki/Nagdaha
・Deepak Rauniyar / Nepal temples > TEMPLES IN KATHMANDU >Taudaha nag raja (as of 2015/07/12)
http://www.trynepal.com/nepaltemples.com/?p=221

2015年7月15日水曜日

柱建て祭りとKumari(10) Kathmandu盆地のNaga神話

Kathmandu盆地は太古の昔には湖であった、という伝説が残っています。地質学的に見てもそれは間違いありません。

2015年4月26日日曜日Kathmandu盆地の地質と断層

を参照のこと。

が、それは数万年前の話で、その事実を人類が伝説として語り継いだとも思えません。おそらく盆地地形とその堆積物から推測したものでしょう。その名残である湖や沼などもそちこちに残っていますしね。

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Kathmandu盆地の場合は、湖の神話はすっかり仏教化されています。

Swayambhunath Stupa(स्वयम्भूनाथ स्तुप)あるいはSwayambhu Mahacaitya(स्वयम्भू महाचैत्य)の縁起文である

・Unknown(15-16C)『Swayambhu Purana स्वयम्भू पूराण』.

が伝える神話を見てみましょう。

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太古の昔、Kathmandu盆地はKalihradという湖であり、その湖を支配していたのは蛇神Nagaでした。複数のNagarajaがおり、Karkotaka(कर्कोटक)、Takshaka(तक्षक)、Kulika(कुलिक)が棲んでいたといいます。文殊菩薩(Manjushri मञ्जुश्री)がこの地を訪れ、その湖から光が放射されているのを見て、南の山を切り開いて排水。そして現れた光の丘が今のSwayambhunath(स्वयम्भूनाथ )です。

盆地が干上がるとNagaたちは住めないので、文殊菩薩が南に湖を作りそちらに移住した、ということになっています。

Swayambhunathの縁起はまだまだ続くのですが、ここではNagaの話題に集中するためここまで。

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現在のKathmandu盆地では、Naga信仰は大きな勢力ではありません。せいぜい病気予防・治癒を願う祭りNaga Panchamiで注目されるくらいですが、これはNagaの持つ属性の中でもごく一部に注目した祭りです。

Naga本来の属性は水・雨・豊穣を司ることです。これらをNagaに願う信仰は、そちらの湖周辺に残っており、古来の姿をとどめています。

次回はその姿を見ます。これがBisket Jatra、Rato Matyendra Jatra、Indra Jatra解明への大きなヒントになります。

参考:

・斎藤昭俊 (1984) 第四 インドの動物崇拝 四 蛇の崇拝. 『インドの民俗宗教』所収. pp.97-137. 吉川弘文館, 東京.
・Richard Josephson (after 1985) SWOYAMBHU HISTORICAL PICTORIAL. xv+63pp. Satya Ho, Kathmandu.
・Netra B Thapa (1990) A SHORT HISTORY OF NEPAL(The Fifth Edition). xi+187pp.Ratna Pustak Bhandar, Kathmandu.
・佐伯和彦 (2003) 『ネパール全史』(世界歴史叢書). 767pp. 明石書店, 東京.