2016年9月12日月曜日

ンガリー・アル・ツォ湖畔の雪崩の謎(1)

そのニュースが伝わったのは2016年7月17日夕刻。

・新華網 > 時政 > 正文 > 西藏阿里日土県東汝郷発生雪崩9人被埋 2016年07月17日19:13:32
http://news.xinhuanet.com/politics/2016-07/17/c_129153088.htm

西藏阿里日土県の東汝郷で発生した雪崩により9人が埋没
2016年07月17日19:03 出典:人民網

新華社拉薩7月17日配信(記者:王軍)。記者が西藏自治区阿里地区日土県および武警交通第四支隊から得た情報によると、7月17日午前11時頃、日土県東汝郷において雪崩が発生。雪崩の厚さは約6~8mに達した。少なくとも6世帯9人の牧畜民が埋没したことが確認されている。現地ではレスキュー隊を派遣し、至急現場の救援に向かっている。

阿里地区日土県委員常務副書記・張黎明は電話での取材に対し、「事故が起きた場所は、現地では夏の放牧地の一つで、国道219号線(新蔵公路)からは90km、日土県府からは300km離れている(訳注)。

第一報の後、西藏自治区党委員、政府幹部はすぐに対策本部を設置し、公安、消防、医療から組織されるレスキュー隊を派遣した。

武警交通第四支隊政治処副主任・常艳軍の説明によれば、西藏自治区政府は40名の士官・兵士の派遣を決め、13時頃に車両20台の装備を完了し被災地へ急行した。車両の内わけは、パワーショベル10台、ダンプカー7台、除雪車1台、車両運搬トレーラー2台。

日土県は西藏自治区北西部である阿里地区北西部に位置し、数多い辺境県の一つ。平均海抜約4500m、最高地点の海抜は約6800m。日土県は4郷と1鎮より成り、半農半牧の県であり牧畜業の比重が高い。

(訳注)

ルトク(日土)からドゥンル(東汝)までが約90km。300kmというのが何の数字かわからない。

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これによると、雪崩が発生したのは西藏自治区阿里地区(མངའ་རིས་ mnga' ris ンガリー)日土県(རུ་ཐོག ru thog ルトク)東汝郷(དུང་རུ་ dung ru ドゥンル)だという。




















(注1)地図を修正

ところがGoogle Map Sateliteを見ると、ドゥンルはとても雪崩が起きるような場所ではない。

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「変だな」と思っていると、7月19日に続報が出た。

・伝送門 >西藏阿里日土県東汝郷発生雪崩9人被埋 2016-07-19 微西藏
http://chuansong.me/n/446572434952

西藏阿里日土県の東汝郷で発生した雪崩により9人が埋没
2016-07-19 微西藏

7月18日、記者が西藏阿里地区駐在の武警交通第四支隊から得た情報によれば、同支隊で構成されたレスキュー隊は、すでに日土県東汝郷阿汝村の被災地に到着した。先発したレスキュー官兵が現場検証を行い災害状況を再確認した結果、暫定的な解釈ではあるが、雪崩の発生原因は広範囲にわたる氷河崩壊によるものとみられる。崩壊した氷河の量は3~5億立方m。現在、士官・兵士たちは現場作業画策定後、すでに掘削作業を開始している。(戴文世・撮影)

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雪崩現場は、ルトク県ドゥンル郷その場所ではなく、ドゥンル郷に属する阿汝村(ཨ་རུ་ a ru アル)であることがわかった。

とはいえ、このアル村、なかなか見つからない。でもようやく見つけた。なんと、ドゥンル郷から150kmも東だった。もうチャンタンのエリア。ルトク県/ゲルツェ県(སྒེ་རྩེ་ sge rtse 改則)の県境。


(注1)地図を修正

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アル・ツォ(ཨ་རུ་མཚོ་ a ru mtsho 阿汝錯/阿魯錯)という南北に長い湖の、西岸の村。標高約4960m(注2)

Google Map Sateliteを見ると、その西には雪山の山脈(最高地点は約6180m(注2))があり、ここなら雪崩が発生してもおかしくはない。


(注1)地図を修正

新蔵公路ですら、道沿いにはほとんど人影がない。ましてや公路からはずれて奥地へ170kmも入った場所なのだ。標高もほぼ5000m(注2)。そんな場所でも牧民が暮らしているのだ。驚くより他ない。私もさすがにここまで行ったことはない。

(ツヅク)

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(注1)@2016/09/13

3つの地図とも、アル村の位置をNNWにずらしました。

Google Map Sateliteで見ても、この場所には建物はなく、「放牧地」という報道が正しいことがわかります。地面にかすかに四角い何かの跡が見えるだけ。おそらくテントの貼り跡(にしては大きいので可能性は小さいかも)か家畜囲い(ལྷས་ར་ lhas ra/ར་བ་ ra ba)。

Google MapのラベルはSateliteの絵の上では結構ずれる、ということを考慮していませんでした。ドゥンルでも、建物の位置はラベルのNNWに来ます。アルでもそれに倣いましたが、何せ建物が一切ない所ですので、そもそもラベルの位置もいい加減とみました。よって前述の家畜囲いが2箇所ある場所をアル村の位置としています。南から伸びるトレイルが、ちょうどここで終わっている点も考慮した結果です。

(注2)@2016/09/13

最初、アル村の標高は5120mとしましたが、

・北海道大学情報基盤センター北館 > その他のサービス : オンライン・データベース > POSITION : 位置情報データベース > API V2版 : グーグルマップで、緯度・経度・標高・水深を求める(2010/6/12)
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~x10795/Latlonele.html

に従い、約4960mとしました。アル・ツォ西方の無名山脈最高地点(約6180m)もこのサイトから。

このサイトは素晴らしい。内容はタイトル通り。使ってみればその便利さは一目瞭然ですので、説明不要。

2016年9月6日火曜日

「インドのイム」展 装飾写本の謎(続報)

2015年5月9日土曜日 「インドのイム」展 装飾写本の謎

で、展示されていた図入りの装飾経典

(1)『八千頌般若波羅蜜多経』 パーラ朝 11世紀
(2)『五護陀羅尼経』 東インド 14世紀
(3)『仏説大乗荘厳宝王経』 東インド 14世紀頃。

の場所と年代について、

(1)『八千頌般若波羅蜜多経』 ネパール 13~15世紀
(2)『五護陀羅尼経』 ネパール 15~17世紀
(3)『仏説大乗荘厳宝王経』 ネパール 15~16世紀以降

ではなかろうか?という独自の推察をしました。同様な疑問を持った方は結構いらっしゃるのではないか、と思います。

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で、田中公明先生がこのうちの(1)『八千頌般若波羅蜜多経』(インド博本)について考察をされている論文を見つけました。

・田中公明 (2016.2) 「インドの仏」展に出品された『八千頌般若経』装飾写本について. (東京大学)東洋文化研究所紀要, no.169, pp.446-433.
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/59367/1/ioc169007.pdf

この論文に従って、インド博本『八千頌般若波羅蜜多経』の素性を見ていきましょう。

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まず、この写本は、

・若原雄昭 (2011.10) バングラデシュ国内に保存されるサンスクリット仏教写本, 他(BARCユニット1 第2回バングラデシュ調査報告). 龍谷大学アジア仏教文化研究センターワーキングペーパー, no.10-01, pp.1-16.
http://barc.ryukoku.ac.jp/research/2011/10/04/upfile/11-01wakahara.pdf

でも報告されている、Bangladesh Varendra Research Museum所蔵の『八千頌般若経』写本(ヴァレンドラ本)で欠落していた12葉のうちの10葉であることを、田中先生は明らかにしました。残り2葉のうちの1葉は、インドVaranasi वाराणसीのJñāna-Pravaha Centre ज्ञान प्रवाहに所蔵されているそうです。

日ごろから目を光らせ記憶している専門家は、こういうのまであっという間に発見してしまうのですね。すごい。

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さて、ヴァレンドラ本の年代については、

・Sachindra Nath Siddhanta (1979) A DESCRIPTIVE CATALOGUE OF SANSKRIT MANUSCRIPT IN THE VARENDRA RESEARCH MUSEUM LIBRARY VOL.1. xxv+419pp. Varendra Research Museum, University of Rajshahi, Rajshahi (Bangladesh).

によれば、ヴァレンドラ本の奥書では、Nepal  Samvat नेपाल सम्बत(ネパール旧暦)393年=1273AD、Kantipur कान्तिपुर(Kathmandu काठमाण्डु)の王Sadashiva Malla सदाशिव मल्ल[位:1574-80 or 83]の代に書写されたことになっているそうです。

まず、ヴァレンドラ本がネパールで書写されたものであることは明らかのよう。

しかし、その年代はNapal Samvatと王の在位年が一致しません。ネパール仏教の研究者・吉崎一美先生による解読だと、これがNepal Samvat 696年=1576年になります。これだとSadashiva Malla王の在位年と矛盾しません。Siddhanta説は、Ranjana体での「3」とPrachalit体での「6」が似ていることからの誤読、と解されています。

他にも、奥書にある奉献者Shakya Bikshu Haku-juの名は、1558年に書写されたある写本の奥書にも現れることから、ヴァレンドラ本の奥書が16世紀後半の書写であることは確実、とのこと(吉崎先生の指摘)。

ただし、ヴァレンドラ本で奥書が記されている最終葉は、それ以外のfolioとは不調和で、別人による書写と判断されています。冒頭と末尾は木製経板に触れるため傷みやすく、しばしば修復のため新しく書写されたfolioに交換されます。よってこの奥書の年代1576年は、修復の年代を示している可能性があり、本体はもっと古いのかもしれません。

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というわけで、いろいろおもしろいことがわかったわけですが、私の推察「ネパール 13~15世紀」もいい線行ってる感じ。1576年という銘が修復時のものであるならば、「13~15世紀」の可能性も十分考えられるわけですから、ますますいい感じ。

このスタイルの仏教絵画がチベットに現れるのが13~15世紀なのは、おおむね了解されていますが、その元になっている(というより、絵師ごとそっくりそのまま移入したのだが)ネパールのPala朝様式がいったいいつ流行していたのかが、まだはっきりしていない。おおむねチベットと同じ時代に落ちるのは間違いないでしょうが、始まりはもう少し早くでしょうし、終わりはいつまでなのか皆目わからない。

この『八千頌般若経』装飾写本本体の年代も(1576年が修復年であったとすれば)、この辺の研究が進まないと本体の書写年代はわからないかもしれません。

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展覧会の展示物とはいえ、専門家がじっくり観察するとここまで新たな事実が判明するのだなあ、と、プロの研究者の実力を思い知らされたお話でした。

こんな感じで他の2写本についても、何か新しい事実が判明しないかと楽しみになりますねえ。

2016年8月1日月曜日

ンガッパ・イェシェ・ドルジェ・リンポチェの悪霊祓い(13)Nebesky-Wojkowitzが報告するゲクトル

・René de Nebesky-Wojkowitz (1996) ORACLES AND DEMONS OF TIBET : THE CULT AND ICONOGRAPHY OF THE TIBETAN PROTECTIVE DEITIES. xvi+666pp.+pls. Book Faith India, Delhi.
← Original : (1956) Mouton, Hague.

には、ゲクトル བགེགས་དཀྲོལ་ bgegs dkrol(厄・悪霊祓い)という儀式が紹介されています。

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これはカルマ・チャクメー/イェシェ・ドルジェ・リンポチェのシェードゥルに近いもので、病気の原因をゲクによるものとして、これを祓います。

ただし、この儀軌を行うのはトランス状態になったシャーマン、つまりラパ ལྷ་པ་ lha paです。その点では、司祭が正気を保ったまま神々の力を借りて、悪霊を祓うシェードゥル系儀式と異なります。

ラパがトランス状態になり、剣(おそらく刃でない面、あるいは鞘に入れて)で患者の体を打ち、ゲクを追い出します。

ここでラパに憑依するのはテウラン ཐེའུ་རང་ the'u rangというクラスの精霊とされます。こういった精霊の分類はなかなか難しく、テウランも悪霊となる場合もあれば、人間の味方をしてくれる場合もあります。

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Nebesky-Wojkowitz (1996)は、ものすごい本で、チベットの護法尊やシャーマニズムについての情報の宝庫なのですが、大部すぎて私は全然消化できていません。今まではちょちょこ拾い読みする程度。いつかがっちり取り組まなきゃいかん本。

この本には、悪霊祓い・厄祓い系統の話題が他にもかなりあるので、まとまったら追記しときます。